あれから、キャンプ仲間の誘いはありましたが、私だけ一人で一泊するのは、

心配で顔出しだけは参加していました。

4年目に入り、『もういいかなぁ』という思いもあり、かみさんの許可ももらい、

やっと私だけ一泊することにしました。

久しぶりのオートキャンプは、とても疲れましたが、初参加の仲間達の掛け

合いジョークには、あぁこんな世界もあるのかとちょっとうらやましかったです。

ほとんどの仲間は私の事

情を知っています。私から、今の心境を話すのもためらい、

仲間からも『どうですか』との声かけもなく、楽しむことだ

けに専念したもので、ちょっと私的には消化不良な感じでした

。こればかりは難しいですからね。いつか、自分から今の心

境を語れるようになりたいなぁと思いました。

キャンプ中に、突然の訪問者(山鳥の雄らしい)が2泊付き

合ってくれました。後で考えると、我が子が久しぶりに会い

に来てくれたのかなぁと思いました。

尚、このキャンプ場は、80回以上家族で行ったキャンプの中

で、初めての二人だけで行った場所で、子供が23歳の時に最

後に行ったキャンプ場でした。

 

写真のアヒージョも私の手作りです。

今年栽培した西瓜が,今週収穫しました。

今年は、手をかけたのに大失敗。昨年の2週間遅れで,すべて刈り取り、

残ったのか3玉位、後は捨てました。皆さんに差し上げる分がありません。

原因は、6月の大雨で受粉が遅れたようです。救いは初めて作ったプリン

スメロンが結構食べれたことです。写真は汚れていますが、先週の千葉

豪雨で、土が付いてしまっています。

 

息子に『今年はメロンができたよ』といったら、

「へぇ、凄いじゃん、ちょっと食べてみようか」

といってくれている気がします。

毎日畑に日参して4ヶ月,でも楽しめました。

やはり農業は難しい。

ここでも、亡き父を尊敬します。何もない土地から開墾して、

この畑で、子供4人育てて、96才で旅立ちました。

 

私も自分の背中を息子にも見せてあげたがったけど、あの世

で見ているかもしれないですね。だから、

苦しくても一歩でも前に歩いて、精一杯生きなきゃと言い聞かせています。

最近、私は、人は何のために生まれてきたのか

考えてみた。

そこで、“愛”というフレーズが浮かんできた。

子供が自死するまで、我が子を愛すると考えたことはなかった。

当たり前の存在として,生意気であり、少し可愛かったなあとは思っていた。

 

なくなって初めて、息子をこんなに愛していると知った。

そこで、息子は、私に、子育てを通して愛することを私に教えたのか。

そして、愛することを少し知ったのか(大学時代に付き合っていた人がいたらしい)

『人は愛することを教えるために,愛することを

知るために生まれてきた』と感じた。 

人は、その人になりの役割を与えたられて生きているという言葉を聞いたことがある。

我が子の役割の一つはもしかしたらこれかもしれないと思った。

 

なら、おまえは充分役割を果たしたよ。もう、よかったね。

でも、人の役割は一つではないらしい。もっと学ばせたかったなぁ。

 

五常または五徳という言葉があるらしい。

『仁』人を愛し守ること、人を思いやる心

『義』筋を通し、裏切らないこと

『礼』礼節を大切にする心

『智』知性を磨くこと、よく考えて判断する知恵

『信』人を引きつける魅力を持つこと、誠実に約束を守ること

言葉の意味は様々で、何が優先かは人様々で、いくつという定めはないと思う。

 

今の私は、愛です。仕事は感謝、人は感謝と慈しみ、

皆さんは、何が一番ですか。

 

今日は、思いついたことを職員に話してみました。気に入ったので、ブログにも

 

 

 

 

 

今年も我が子の好きな激辛食品を並べました。

今年は、私自身が本格的にはまり始めた、畑作業の作品を載せました。

西瓜(8月中旬以降ができ頃です。)なす、オクラ、トウモロコシ,キュウリ、ゴーヤです。

他に落花生(おおまさり)サツマイモ、里芋、マスクメロン、ブロッコリーなどが栽培中です。

 

今年は、4年目に入り、やっと、仕事以外で集中しているものが見つかったような気がします。

私の癒やしです。

子供に,できた作物を食べてもらいたいです。

「へぇー,お父さんこんなの作ったんだ。結構美味しいよ。」といってもらいたいなぁ。

 

夏野菜は,体にいい。よかったら食べてください。食べられる頃になったら、再度アップしますね。

最近、悲嘆の書籍を読んでいて、「死」と「生」を関連づけた言葉をよく聞くよ

うになり、自分も考えてしまいます。

そんな中、今日昼飯を食べているときにふっと思いました。

 

「生きる事は、大切な人を見送ること」

「死ぬことは,大切な人に見送られること」と

 

あぁ、私も両親だけでなく自分の息子を見送ることが役割なのかと思うと

あんなに苦しんで自死した息子に思いが寄せてきて、ただ可哀想でならないこと、

助けられなかった後悔と、逆に今でも苦しんでいる親を見て、息子は望んでい

ないのではないかと思いが巡り、涙で目が湿ってしまいました。

 

更に、我が家は一人息子なので、見送ってくれる人はいません。

でも、見送るのは、現世での子供とは限らないじゃないかと。親しい親族も含みます。

また、先に旅経った息子もあの世で見送ってくれるかもしれません。

見送りではなく、お迎えかもしれませんね。

最近、ブログでもAIに聞くのがはやってるようなので、私もグーグルAIの

ジェミニに聞いてみました。

私の考えはおかしな考えではないこと、自分の考えをAIで再確認して納得し

ている自分がいました。

そして,AIはこのようにまとめていました。

「人類の歴史は,見送り、見送られ,記憶を繋げてきた歴史そのものであると」