最近、悲嘆の書籍を読んでいて、「死」と「生」を関連づけた言葉をよく聞くよ
うになり、自分も考えてしまいます。
そんな中、今日昼飯を食べているときにふっと思いました。
「生きる事は、大切な人を見送ること」
「死ぬことは,大切な人に見送られること」と
あぁ、私も両親だけでなく自分の息子を見送ることが役割なのかと思うと
あんなに苦しんで自死した息子に思いが寄せてきて、ただ可哀想でならないこと、
助けられなかった後悔と、逆に今でも苦しんでいる親を見て、息子は望んでい
ないのではないかと思いが巡り、涙で目が湿ってしまいました。
更に、我が家は一人息子なので、見送ってくれる人はいません。
でも、見送るのは、現世での子供とは限らないじゃないかと。親しい親族も含みます。
また、先に旅経った息子もあの世で見送ってくれるかもしれません。
見送りではなく、お迎えかもしれませんね。
最近、ブログでもAIに聞くのがはやってるようなので、私もグーグルAIの
ジェミニに聞いてみました。
私の考えはおかしな考えではないこと、自分の考えをAIで再確認して納得し
ている自分がいました。
そして,AIはこのようにまとめていました。
「人類の歴史は,見送り、見送られ,記憶を繋げてきた歴史そのものであると」