朝、トリノオリンピックのフィギアペアでりくりゅうペアが金メダルを取りました。

かみさんから聞いて、テレビを見て、涙が出ました。

オリンピックで涙が出たのは初めてです。 

参加された方、全てが素晴らしいのですが、私にとってこのオリンピックNo.1です。

最近,アクロバテックな競技が脚光を浴びる機会が多いのですが(それはそれで素晴

らしいのです。)、最近、数少ない美しさを争う競技だと思います。特にペアは2人で

助け合い,成し遂げる美しさです。ここまでに至る苦労を想像すると2人の苦労が実を

結んだことに思いが深くまります。

世界最高得点です。たぶん、伝説の競技となるでしょう。

 

何故か、ここで息子のことがでてきました。

私の息子は25歳で旅立ちました。まだ、何も成し遂げていません。又後輩に何も残し

ていません。でも、私たち夫婦の人生の中で25年間という長さは、幼少期、青年

期それぞれに素晴らしい時間を過ごさせてもらいました。私達の人生の金メダルです。

これから二度ともらうことのない金メダルです。いつかは諦めの、感謝の,思い出の

息子メダルをお前にあげよう。息子よ有難う。

今日一日は、とても気分がいいです。まだ、涙ぐんでいます。

そんな気持ちにさせてくれた木原さん、三浦さん有難う。

私達が生きているこの世界の人間を、勝手に3種類に分けをてみた。

ちょっと長くなってしまいました。

 

①1つは日常で自分が死ぬことを考えない人たち。

 自分の命はまだまだ先だと思い、五年後10年後の事を考え巡らし、

今のこの瞬間瞬間を生きていない人。(言葉に語弊があるかもしれません。)

一般的に日本人は日常で特に、死ぬことを考えないから、何故生きる

のかということも深く考えないらしい。

現実では、喜び、悲しみ、苦しみ、後悔、夢をもち、老いた両親の死を

体験していると思う。ほとんどの人がこれに当たると思う。

子供が亡くなるまでの私である。自分の成長より、子供の将来に残りの

人生の希望、喜びを感じていた頃である。

 

②二つ目は、自分の死を間近に感じ、生きる事に絶望と哀しみと残り少ない

時間を無駄にできないと今のこの瞬間を大切に生きようとする人たち。

大病を患い、死を感じ、今この瞬間を生きようと決めた人たちである。この

人達は比率からすれば僅かだと思う。

 

③三つ目は、自分の大切な人を失い、死を身近に感じながら、自分の死とはむ

ずびつけられず、大切な人の死の哀しみに生きる気力も失い、今の自分を見失

っている人である。

今の私である。(少しずつですが、薄暗い扉を開けようと努力している。)

 

①も②も③も生まれた以上、全ての人間に死が訪れることは同じであるのに---------

 

③は、自分の死を考えないという観点からは、①の範疇に入るのかもしれないが、

①には戻れない人たちである。我が子の死を体験し、死ということを毎日のよう

に感じ、何故、生きるのか、何故、生きる期限はみんな違うのか。常に自問自答

している点では、②に限りなく近いかもしれない。そして、自分で新しい扉を開

き、生きる事の意味を再確認し、新しい気づきが自分を強くしてくれる可能性と

いう点でも②に近いと思う。

 

尚、私のとても近い友人に②の状態の人がいる。その生き様に語り合うことはないが、

とても刺激を受けている。

 

今、私の望みは、②のように死ぬことや生きる事を自分に問いつづけながら、自分の

人生を亡き子とともに①のように日常生活のなかで笑いながら、たまに泣きながら、

今この瞬間を生きて行けたらと願うのみである。

何でも、分類したがる私の癖である。

最後に、このブログを読んでくださる皆さんに少しでも明日への希望となる幸せ

(僅かでも)が訪れますように。

うーむ、最後の下りは誤解を招きそうだなぁ。私も明日に希望を持って、今日の一日

の務めができたことに感謝して、パソコンを綴じます。

 

【tac持て余し語録より】

我が家にとってこの年は、公私ともに慌ただしい年になりました。

亡き一人息子の3回忌、義父の3箇月の闘病の末の逝去がありました。

 

仕事の方では、

職員の大病の発見、他の職印の解雇、業務の見直し、業務縮小など決断

が迫られた1年でした。

結果、慌ただしかったですが、最終的には業務上のストレスが軽減され

たように思います。

仕事をする上での眠気も急変した業務の変化のために消えたように思います。

 

特に、私の睡眠上の辛さが少し改善されたような年でした。

それは、私は、朝は6時15分くらいに起きて、ラジオ体操後は7時に再度8時まで

仮眠する習慣がありました。

子供が亡くなる前からのルーティーンです。

しかし、5時過ぎに目覚めるとその後眠れなくなり、この戦いが辛いものでした。

その後の仮眠も長く続かず、眠らなくちゃいけないという私の思いが縛られ

て辛い思いをしていました。

9月頃より、「その決まりはどこにもないんだ。5時過ぎは眠れないならば、それは

それでいいじゃないか」と思うようになりました。

自分で自分を縛っていた決まりからようやく解き放されたような気がしました。

ちょっと大げさですが。

そのあと、こんな気づきはもっとないかと探してみましたが、ありませんでした。

ただ、こんな小さなことも、毎日毎日の子供との思考の末に生まれてきたものだと

私は信じています。

 

そして、来年も何か一つ、新しい発見を目指して息子と語り合う毎日を続けてい

きたいと思います。

今、紅白で唯一聴きたかった福山雅治氏の「クスノキ」を聴き終えました。

皆さんにとっても、来年は一つでもよい年でありますようにお祈り申し上げます。

今年一年におやすみなさい。

 

年末年始の行事は、それぞれの家族にとって、欠かせない行事があると思います。

私の場合は、年末大掃除は、家族全員で行っていました。多分小中高校大学と続

いていたと思います。

 

最後の2年間くらいは、寮生活でしたが、年末には帰ってきたので、忘れられない

行事です。口数は多くありませんが、最低限の会話はしたとおもいます。

亡くなっても、家族の大事な思い出がよみがえりますので、止められない行事です

。一緒に掃除している感じになりちょっと嬉しいです。

 

また、亡くなる年に我が家の金柑取りを一緒にしました。それを私が甘露煮を作りました。

子供との最後の行事だと、今年も止められません。

 

正月も、兄弟及びその子供孫達も母屋に集まりますので、避けられません。

亡くなった翌年もコロナ渦のときも細々とやりました。

ただ、甥っ子の子供達(女の子)が遠方からくると少しつらいです。その当時はその

子達は思春期(受験期)だったので、いまだ伝えていません。遺影も外します。

●●君はどうしたのと聞かれることのないように、祈るばかりです。

 

来年も我が子の思い出を踏まえて、1年を頑張れるようにしたいものです。

毎年、年末に亡き子供に手紙を書きます。子供との思い出を文字化することは

心の中に我が子の碑を立てることだという自死遺族の話を聞きました。そして、その人に

とって癒やしになっていると

私も気持ちは同じです。

ちょっと早いですが、皆さんにとっても良い年になりますように

私は、毎日BSの中国時代劇ドラマを4本録画している。

その中で、朝4時から放映している「琅邪榜」は秀逸である。

抜群の復讐劇である。

5年くらい前に一度見たが、事後は2回目の再放送である。

今日の放送は、クライマックスの場面になっている。

ここ二週間くらい、昼飯時に15分くらい録画を見るのだが、

毎回何故か涙ぐんでしまうのが自分でも不思議なのである。

1回目は泣くことなど全くなかったが、原因は分からない。

ドラマの内容も息子の自死とは全く直結していない。

 

あえて、理由を探すと、共通点らしきものが1つありました。

それは、主人公が「人は定めがあり、その定めに抗えない」

の台詞がありました。えん罪となり、それを晴らすために

地獄の苦しみを超え、残り少ない命を受け入れ、えん罪を

晴らすだけが糧として生きているドラマである。

息子には、どんな定めがあったのだろうか、25歳という若い

壽命に、何を思い、今、魂として何を頑張っているのだろうか。
まだ、浄土には行っていないのだろうか。
あれ以来、音楽を聴き、ドラマを見て、なにか自分の現状

と共鳴するものを探しているのかもしれない。私は死ぬまで

、子供の気持ちに近づきたいと願って生きていくのだろう。
 

それにしても、ドラマは最終回の1つ前が一番面白いですね。