朝、赤信号を待つ通勤の車中で加藤は考えていた。
神は信じない
無神論者だとわざわざ喧嘩の種を撒くほど深い考えが
あるわけでも理論武装しているわけでもないが、とりあえず神様
という存在は信じていない
しかしそれは加藤の個人的考えであり、他人の信仰は否定しない
だが、そんな加藤でも土下座して神様に祈ることがある
トイレが遠い地で猛烈な便意が襲ってきた時だ
「神よ、鎮めたまえ!」
内股になり、無駄な足掻きではあるが手のひらでお腹をさすり
気をゆっくり丁寧に流し込みながら波が過ぎるのを待つ
信号が青になり、力なくアクセルを踏み込み得た推進力でゆっくりと
目指すは加藤行きつけのトイレ(コンビニ)だ。
しかし無常にも障害となる最後の信号が目の前で青から黄に
スローモーションで移り変わっていく。
加藤は冷静と情熱の狭間で炎のように揺れ動きながらゆっくりと
ブレーキング、そしてまた思考にふける。
常に一定の強さではなく、強弱のある波のように襲ってくる
この便意というものは実に恐ろしい
何とか波をやり過ごしても暫くすると、先程よりも更に
大きな波が来る
この波が去った安心した状態で突然、尻の括約筋を超える
便意に襲われ、成すすべなく波に攫われていった戦士も
数多くいるだろう
便意という地獄がずっと続くのならば、まだ耐えようがあるが
なぜほんの一時救う
これでは落差が余計に酷くなるだけではないか
神よ、何故私達を完璧に 仕上げなかったのですか?
便意をトイレまで我慢できる程度の括約筋を与えてくださっても
良いじゃないですか
便意の波を琵琶湖の湖面のようなさざ波にしてくれても
良いじゃないですか
人間は獣のように何処でも糞尿を垂れ流す動物ではないのです
人前でそれらを漏らした時、人は死ぬのです
社会的に死ぬのです
F1のスタート気分で信号が青になるタイミングをはかる加藤は
見事なスタートダッシュを決め、ドリフトをしながら(イメージ)
行きつけのトイレの駐車場に滑り込み、店内へ駆け込む。
見慣れた店員に脂汗に塗れた顔でウインクをひとつ飛ばし、
トイレへ直行。
結果今回も加藤は生き残った。
達成感に満たされながら何も購入することなくスマートに去っていく
加藤の背中に店員は感動の眼差しを投げかけたのだった。