先日、情報番組で紹介された幾つかの「ご当地アイドル」のうち、
あるグループのメンバーの父親が、中学の同級生だったことに驚いています。
そんな自分は7F西の人Beppyです
先月上旬アメリカのSF作家「レイ・ブラッドベリー」氏が亡くなりました。
彼の代表作「華氏451度」を見ると、
現実化していて笑っていられないなと感じました。
このように「負」の方向が現実になるのは、まれではないでしょうか?
「感覚的」に扱える「最新機器」を否定するつもりはありません。
あくまでも「使う側」が「使われている」のは許せません。
前にも書きましたが
「歩行中のイヤホン、ヘッドホンしてのケータイやスマホ操作」ってどう?
「使われてる感」ありありですよね。
家族で食事中でも操作してたりとかね、子供がゲーム機で遊ぶのと
等しい礼儀に欠けることと感じますが。
「情報」のみで知った知識と「現実、体験」で知った知識とは違いますよね。
例えば
魚の名前でも切り身の「刺身」で思い浮かぶか、「魚の姿」で思い浮かぶか。
外国でもネットの情報などでしか知らない人と実際に行った人とではどうでしょうか。
北野武氏は自分が講師を務める映画学校の生徒を
高級レストランへ連れて行き食事をさせると聞きました
なぜなら「経験がないと食事シーンに説得力があるわけない」と。
自分が危惧するのは「このままで"感性"は育つのか」なんですわ。
バーチャルなものへ五感を使いリアルなものへは使ってない、
本当に良いのでしょうか?
体感ゲームでしかスポーツやレジャーをしてない人間と
自然の中でスポーツやレジャーをする人と同じでしょうか。
読書一つでも電子書籍のみでいいのでしょうか?
本の重みを感じ紙の触感を味わい全体の今どの辺を読んでいる、とか
感じるのが「読書」の楽しみ趣きと思うのですが。
ニュースを読むのでもネット上の「均等な表示」で拾い読むのと
「新聞」で「大見出し」「小見出し」など変化があるもので読むとの
印象、記憶が違いません?
「情報の取捨選択」がちゃんとできれば
「都市伝説とデマの違い」も判別できるであろうし
常識的に使わない「殺人事件に対してのオマージュ」などと言わないだろう。
そもそも「その都市伝説」を制作会社が公式に否定してるのに
なぜ「わざわざ拡散」する?
「事件の被害者、家族への2次3次被害」って気付かんかなぁ。。
今は「まだいい」が、しかし後世まで「このデマ」がはびこると
「事実」を歪曲し「該当作品」が消える、かも。
あくまで、考えすぎであって欲しいが過去には
制作されて時間が経ってから「封印された」作品が
あまりにも多い事実があるのは知ってもらいたい。
自分より20年下から世代の「感性」は本当に心配です。