今日から 広告についてのことばを3日続けます。
ここには、オリジナリティとは何か の本質的な問いがあります。
小説とは違って 詩とは違って 広告は一定の了解された同一モードの中で展開されている。だから人々は、安心して 広告を読める ということを言っています。
それはわかる気がします。
しかし、
実は小説も詩も映画も音楽も絵画も、
同じような認知システムの中で、自動的に感知されており、(私たちが ある言葉の連なりを読んだとき、その言葉が
自動的に これは詩だ とかこれは小説だ とか認識してしまうのはなぜでしょう?)
ここでいう広告の特性と実は一緒なのかもしれません。
この自動的なシステムを壊す過程が、芸術の進化の歴史だと思われます。
絵画におけるパースペクティブの消失、抽象画と言われるものの誕生、音楽における十二音階、映画におけるゴダールの試み、演劇におけるメタシアター、ロックにおけるピストルズ、
文学におけるジョイスの試み、、、と、
すべてがそれ以前の「当たり前」を一旦否定することで、新たな地平が開けました。
