昭和51年タイガースに突如として若きスーパースターが誕生した。掛布雅之。ドラフトではテスト生同様の七位の入団。三年目のこの年 打率三割はもちろんセ・リーグベストナインを受賞するなどタイガースだけではなくリーグを代表する三塁手に急成長した。翌年も開幕戦でいきなりの満塁ホームランを放ち勢いは止まることなく掛布に味方した。反面 田淵さんは捕手としての資質を問われだすような凡プレーを繰り返し 同51年にはスタメンを外されることもあり掛布の存在をよりアシストする形になりつつあった。翌年にはケガが重なりホームランは23本。王さんの半分にもならない有様。タイガースにとってチームリーダーとなるどころか微妙な立場に追いやられる主力選手に位置付けられだすことになる。53年奮起した田淵さんは開幕からホームランを量産。セ・リーグ二度目のタイトルを目指した。しかしチームは連戦連敗。最下位を独走。この状況はタイガースを抜本的に改革しなければならぬ場面を生み出しフロントは体質改善に動きだす。一方 田淵さんは9月にまたもやケガ。ホームランキングも盟友 山本浩二に奪われた。そして田淵さんは運命的なシーズンオフを迎えることになる。