実は
それは相当にキツい失恋でした。
最初の1ヶ月くらいは普通に失恋したことに対して普通につらくてつらくて、
またタイミング悪く、毎日話を聞いてくれていた、気心の知れた同じ職場のかなり仲の良い同期が異動になり、仕事場に誰一人として本音で話ができる相手がいなくなりました。
朝の通勤中も一人。昼休みも一人。帰りも一人。ずーっと一人で失恋に向き合う状況になってしまいました。
そこから転落していきました。
1ヶ月を過ぎたくらいから、ずっと自分の中に閉じこもって何故彼女に振られたのか考えている自分がいました。答えなんか分かるわけないのに。
振られた理由を自分側に見つけたくて自分を責めに責めて、次第に自己肯定感がどんどんとなくなっていきました。
絶望感や喪失感、孤独感、悲愴感、自信喪失、全部が一気にやって来ました。
次第に生きてる意味が全く分からなくなりました。自分が生きてる価値も全く分かりませんでした。生きてる希望も全く何もない状態です。
今まで好きでやっていた趣味も、テレビを見ることも、友達のSNSをみることも、無気力と彼女を思い出してしまうトラウマ状態で何も手につかなくなりました。
そんな時でも仕事だけは責任感から毎日行っていました。仕事はタイミング良かったのか悪かったのか分からないけれども、急激に今までよりも自分への負担が一層増え、サラリーマンになってから一番忙しい状態になりました。いい意味で仕事中は仕事に意識が向くようになりましたが、悪い意味では仕事のストレスも増えます。
明るい性格の同期が異動でいなくなって失恋で落ち込みまくって元気のない自分だけが職場に残りました。そうなると必然的に職場の人間関係も悪化します。もともと人間関係のよくない職場でしたので最悪の悪循環です。
プライベートでは人生に絶望しています。
そして、人生に絶望した人が抱く感情。あまりに辛い現実から逃げたい人が抱く感情。それが死にたいという気持ちです。
そんな時期に色々と調べていると分かったことが、人はあまりに辛い現実下に置かれると、生きたいという価値観を死にたいという価値観が上回り、生死の価値観がひっくり返るそうです。
自分は身をもってそれを経験しました。
24時間寝てる時間以外、誰と一緒にいようが全ての時間に死について、もしくは自殺について思案している自分がいました。
それが4ヶ月間続きました。
その4ヶ月間の辛さは想像を絶しました。
間違いなく鬱病の状態だったと思います。
自分は両親に愛情をもって育てられたことは自信をもって言えます。
そんな両親がいる目の前で死ぬことについて考えている事に深い罪悪感を覚え、そんな状態から逃げ出したくて一人暮らしを始めることにしました。
失恋後何一つ興味関心が湧かない状態のときにあった唯一の願望が一人暮らしをすることでもありました。
実家にいると、何もしないでいる時間が長くなってしまいます。
一人暮らしをして自分で何かをしないといけない状況を作り、少しでも気を紛らわせたかったのです。
また、一人暮らしをして自立して社会に出ることで自己肯定感も高めることが出来るのではないかと考えたことも理由の一つです。
実際のところ、それは賭けでした。もしかしたら事態は好転するかもしれない。逆に悪化したら本当に自殺するかもしれない。
自分を自分でコントロールできなくなってしまうのではないかという恐怖感。自ら死を選ぶかもしれないという感じたことのない恐怖。今までのどんな恐怖にも勝るものでした。
最初の2週間は、ずっとしたかった一人暮らしをしている高揚感があり、気分も紛れていたと思います。
半月ほど経ち慣れが出てくると、また最悪の状態に戻りました。
自分は精神科などの病院には行きませんでしたが、最もひどい時期には病院に行こうと思う気力さえない状態です。
なぜなら死にたいと思っているので、鬱状態を治したいとも思わないのです。
本気で死にたいと思っている時の発想はこんな感じでした。
駅の電車のホームで端側を歩きながら、誰かに突き落としてもらいたい。
通り魔に殺してもらいたい。
交差点を歩いている時に車が突っ込んで来て欲しい。
北朝鮮のミサイルが自分に向かって飛んで来てほしい。
とにかくそんな思考回路でした。辛くてつらくて、死んで楽になりたかったのです。
鬱病は治りかけの時期が最も危険なそうですが、おそらくその治りかけの時期が先週でした。
本当に自己肯定感が低下して酷くて酷くて。
夜もなかなか寝れませんでした。
これは本当にまずいと思い、メンタルクリニックに予約の電話もしました。
眠れる薬が欲しかったんです。
けど実際は行きませんでした。
今週中頃からメンタルの回復が見られたからです。
眠くなったので続きはまた