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2025年2月21日から27日にかけて巡った、愛知県~静岡県~山梨県~神奈川県~千葉県~栃木県~埼玉県、そして京都府のパワースポット旅を、数回に分けてご紹介しています🗾✨
【7日目】2025年2月27日(木)京都府(宇治〜京都市内)
- ①東寺(毘沙門天)🛕
- ②萬福寺(布袋尊)🛕
- ③六波羅蜜寺(弁才天)🛕
- ④ゑびす神社(恵比須神)⛩️
- ⑤行願寺 革堂(寿老人)🛕
- ⑥赤山禅院(福禄寿)🛕
- ⑦妙円寺(大黒天)🛕
この記事では、その7日目に訪れた「東寺(教王護国寺)」をご紹介します。
【目次】
- ⛩️ 基本情報:東寺(教王護国寺)
- 旅の最終地点として|華やかさから静けさへ
- 東寺の「守り」の歴史|王城鎮護という役割
- 都七福神・毘沙門天(兜跋毘沙門天)|境界を守る力
- 境内の圧倒的な存在感|「五重塔」と「立体曼荼羅」
- まとめ|自分という「城」を鎮める
1. ⛩️ 基本情報:東寺(教王護国寺)
- 正式名称:教王護国寺(きょうおうごこくじ)
※一般的には「東寺」として親しまれています - 所在地:京都市南区九条町1番地
- 御本尊:薬師如来(金堂)
- 都七福神担当:毘沙門天(びしゃもんてん)
特に、東寺の毘沙門天は「兜跋毘沙門天(とばつびしゃもんてん)」と呼ばれ、かつて平安京の正門である羅城門の楼上に安置され、王城鎮護(都を守る)の役割を担っていたと伝えられています。 - 歴史:延暦15年(796年)創建。弘仁14年(823年)に嵯峨天皇より弘法大師空海に下賜され、真言密教の根本道場となりました。
- 主な御利益:学業成就、金運向上、厄除け、必勝祈願

2. 旅の最終地点として|華やかさから静けさへ
旅もいよいよ終盤を迎えた7日目。
昨日、秩父の山深く、早朝の三峯神社で凛とした空気に包まれた後、京都に向かい、翌朝、早朝の東寺を訪れました。
日光で触れた鮮やかな色彩の美しさ、そして秩父の山で感じた身の引き締まるような静粛。
その両方を通り抜けたあとに辿り着いた京都は、同じ「古い場所」でも、流れている空気の種類がまるで違うように感じます。
山の社は、その遠さそのものが参拝の一部になっています。
険しい道を越え、日常を離れてようやく辿り着ける聖域。
一方で都の寺は、暮らしのすぐそばにあり、人々の日常の輪郭を守っているような安心感があります。
この対照的な違いを、東寺はとても分かりやすい形で見せてくれました。

3. 東寺の「守り」の歴史|王城鎮護という役割
東寺は、正式には「教王護国寺(きょうおうごこくじ)」といい、真言密教の根本道場として知られています。
創建は平安京の時代までさかのぼり、弘法大師空海が嵯峨天皇からこの寺を託され、真言宗の拠点となりました。
「護国」という言葉が寺の名に入っている通り、ここは個人の願いだけでなく、都そのもの、そして国全体を守るという、公的な祈りと深く結びついてきた場所でもあります。
だからでしょうか。
境内に入ると、観光の賑やかさの中にも、どこか「線が引かれている」ような独特の落ち着きが漂っていました。
それは長い年月をかけて積み上げられた、この場所が持つ「守護の力」なのかもしれません。

4. 都七福神・毘沙門天(兜跋毘沙門天)|境界を守る力
実はこの日、参拝した27日は私にとって特別な幸運が重なった日でもありました。
京都の都七福神まいりでは、毎月「7」のつく日(7日・17日・27日)に限り、参拝の証となる台紙(色紙)が「黄金色」に変わります。
偶然にもそのタイミングが重なり、鮮やかな黄金の色紙をいただくことができました。
意図せず、旅の流れの中で授かる幸運。
そんな偶然の妙こそが、旅を豊かにしてくれます。
都七福神まいりとしての東寺は、「毘沙門天(びしゃもんてん)」のお寺として知られています。
一般的に毘沙門天といえば、「戦う神様」や「金運・勝負運」のイメージが強いかもしれません。
しかし東寺の毘沙門天は「兜跋毘沙門天」と呼ばれ、かつて都の入り口であった「羅城門」に安置されていたという、特別な守護の歴史を持っています。
ここで私が受け取ったのは、「増やす」ことよりも先に、「守り切る」という感覚でした。
何かを得たいと願うときほど、つい外側にばかり目が向きがちです。
しかし物事の土台が揺らいでしまえば、その上に積み上げたものはすべて崩れてしまいます。
・まずは、生活の線を崩さないこと。
・自分の心の境界線をしっかりと守ること。
それができた人にだけ、次の一手が自然と入ってくる。
黄金色に輝く色紙を手に、東寺の毘沙門天様は「物事には順番がある」という大切な真理を思い出させてくれたような気がします。
5. 境内の圧倒的な存在感|「五重塔」と「立体曼荼羅」
五重塔|都の軸として立ち続ける姿
東寺といえば、やはり五重塔の存在感が際立ちます。
遠くから見えている時点ですでに「目印」としての役目を果たしていますが、近づくほどに、ただの観光名所ではない不思議な重みが増していくのを感じました。
高くそびえるのに、威圧ではなく、姿勢を正されるような感覚。
「都の中心がどこにあるのか」を示すというより、「都が崩れないための軸が、ここに立っている」と言われているようでした。
境内では、五重塔を背景にした写真が人気のようです。
SNSでは、五重塔を背景に「推し」のアクリルスタンドを並べて撮影する方もいるそうで、真面目な参拝の場でありながら、現代らしい楽しみ方が自然に混ざり合っている。
そんな様子も、人々の暮らしに近い「都の寺」らしい距離感だと感じました。


講堂の立体曼荼羅|言葉より先に伝わる配置
東寺で特に印象に残ったのは、講堂に伝わる「立体曼荼羅(りったいまんだら)」です。
曼荼羅というと、絵のイメージが強いかもしれませんが、ここではそれが「空間」になっています。
中心に大日如来、周囲に如来・菩薩・明王などが配置され、仏さまたちの役割や関係性が、言葉ではなく「並び方」で伝わってきます。
説明を読み込まなくても、その場に立った瞬間に、圧倒的な情報量がこちらに流れ込んでくるような感覚がありました。
そこで感じたのは、「整う」というより、「あちこちに散らばっていた意識が一つに集まっていく」という感覚です。
考えごとが多いときほど、あれこれ分析する前に、この空間が持つ静かな秩序に引込まれていく。
東寺が「密教の道場」と呼ばれる理由の一端を、体感として理解できた気がしました。


6. まとめ|自分という「城」を鎮める
東寺を参拝して心に残ったのは、「守護=強い何かが助けてくれる」という単純なご利益の話ではありませんでした。
むしろ、ここで受け取ったのはもっと地味で、現実的な「守り」の作法です。
- 日常の輪郭を丁寧に守る
- 自分の中にある軸を倒さないこと
- 自分と外との「境界」をあいまいにしないこと
五重塔が凛と立ち続ける姿や、立体曼荼羅が示す静かな秩序。
その両方から伝わってきたのは、外側に何か求める前に、まず足元をしっかりと固めることの大切さでした。
旅の最後に東寺を訪れたことで、生活に戻るための姿勢が整った気がします。
都七福神まいりの入り口としても、旅の締めくくりとしても、東寺は「自分自身に戻る場所」でした。
次回は、この日の続きとして参拝した「都七福神まいり」の次の札所の「萬福寺」「六波羅蜜寺」「ゑびす神社」についてご紹介します。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この記事が、あなたの次の旅へと、背中をやさしく押せますように。
どうか良い一日をお過ごしください。
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