芸術家とは..その3 | 芸術と戯れる

芸術家とは..その3

「芸術家もつらいよ...その3」になりますと医学博士キュブラ-・ロス、連続殺人ユ・ヨンチョル、に続いてナチスのヒトラ-となるのです。この人も若い頃に画家を目指した時期があります。独裁者になった後も建築家やら映画監督に優れた側近を選ぶのはヒトラ-に才能があり、良き理解者であるからです。

 もし時代が違い、ロ-マ時代の皇帝であるとしたら、この方は偉大な成功者だったのでしょうか?その論議も意味はないでしょうが、おそらく結果は同じで暗殺され、テビレ川に投げ捨てられていると思うのです。

 ここでは善悪の論議などする気はありまんから、ある才能をお持ちの方が博士になり、殺人者になり、独裁者になることを考えますとほとんど同じ人間が環境とかの違いで花の咲かせ方に目を向けたい。

 私は脳の中の構造はほぼ同じである気がするのです。同じ機能で各も違いますのは、脳が判断していく材料となる「外部からの情報」、所謂、環境となります。

 人にあるのは脳とか身体の特性が成長と共に外部からの刺激で特長を作り出す。この特長で善人、悪人の区別をしても、2000年前も現代も人の性は変らないのでは?

 これから本当に変るのは一般大衆でなければならない。博士、独裁者、殺人者などではないのです。普通の人が目覚めて、世界が変るのです。


誰もが生きるのに飯が楽に食える生活を望み、それを得たのが今の日本であります。しかし、現実に得てみると農村の共同体でしか生きられない昔の生活は企業に吸収されました。それが順調な時は良かったがそこの共同体も怪しくなった。

 そこで、昔に戻ればいいじゃないかと思うのは勝手だが現実はそうはいかない。これからは、どういう生活スタイルに理念、要するにカッコが良いと思うかである。それを思考の中に入れれば、人の中には素晴らしい能力はあるのです。

 今から起こりえる諸問題は経済的、力の概念で取組むべきではない。善とか美とか調和とかの概念から、考える事が正しい姿勢である。我々の求めている世界は金とか物ではなく、真、善、美である。それを教育の場、家庭、職場に取り入れることが人類の地球においての繁栄であります。

 究極的に存在は美しくなければならない。美について求める作業が宇宙からみて青い地球であり、地上においての緑です。言葉が美しくなると詩になるのではないのでょうか。そして音が美しくなれば.......。