水平にみる | 芸術と戯れる

水平にみる

ゴヤの話は堀田 善衛氏の紹介からさせて頂きます。約30年前にNHK教育番組の「日曜美術館」での話です。ゴヤの研究では堀田さんは有名な方ですが、ご本人の言葉を借りますとゴヤに対する評価は「水平な視線で見た。」という解説が、今でも記憶に残っています。
 18世紀後半、ヨ-ロッパは王侯貴族が不安定な時代ですが、スペイン王室は未だ、解体されないでいた。ゴヤはスペインの宮廷画家を目指し、認められ成功したのです。45歳過ぎて多忙な創作活動中に病気から聾になるのですが、この頃から時代と共に絵が変化するのです。
 この当時の画家は神話や宗教画、貴族の肖像画でしか、生計を立てる道がない。しかし、時代は自由、平等を求める民衆の動きは差し迫っていた。

 私は野心家で精力的ゴヤが聴覚を失う自らの体験により、内面に初めて今迄の成功とは違う世界が作られたんじゃないか。その心で外の世界を見ると人間のありのままを描きたい衝動に駆られたじゃないかしら。それは教会から頼まれる宗教的高貴なドラマと相反する現実そのものを。

 それを堀田氏は「水平にみる」という表現で説明されたのだと思います。

 さあ~、現在でも世界を水平に見れて、ゴヤのように自分自身を水平に見る努力は、そう簡単にはいかない。その作業は、暗闇のどろどろとした沼地を彷徨う恐怖と一体なのです。しかし、その勇気がないと芸術の領域には入らない。

 それでも、堀田氏は番組最後に言われたのを思い出します。それは『ゴヤの人生が最後に描いた「ミルク売りの少女」の絵で、清純な明るい絵で終わるので、ほっとします。』

 本来、宗教の博愛などは「水平にみる」とこから、入らないと分かり合えない。民族紛争などは、上から見ても、下から見ても解決などはありえない。事実を水平に見る努力からの認識が大事であるが、この言葉ひとつ(水平にみる)理解するには年月がかかると思うのです。