こんばんは。
今日ご紹介するのは、フランス、セーヴル窯の
ティーカップとポットです。
いずれも、19世紀後半のものです。
最近、いろいろな時代の友人と話す機会があり、
自分のこと、いろいろ考えています。
セーヴルは、数も少なく、出来も素晴らしいものです。
お値段も安くありません。
セーヴルを知ってすぐのころ、
私にとって、「セーヴルを持っている」ということが
重要なことだった気がします。
もちろん、物自体も、とっても素晴らしいものでしたが。
中学くらいから、より高い目標を目指して上へ、と
頑張るほうだったと思いますが、
所属する集団のレベルが上がるほど、
そこでの自分の位置づけは下がっていきます。
前の職場を辞めた時、なんとなく、
長く続いたある種の競争から降りた感じがありました。
それは、救い出されることでもあり、
また、挫折でもありました。
それくらいの時期に、セーヴルを購入し始めました。
「セーヴルを持っている」ということが、
自分の価値を支えている感じがあったように思います。
最近、いろいろなきっかけで、高校時代のことをよく思い出します。
お盆に帰省して、高校も見てきました。
高校を卒業して上京したとき、
それまでの自分と決別する覚悟のような感じがありました。
今、時を経て、高校までの自分と再会したような気がしています。
ほかならぬ私自身の中にいた、高校までの自分と。
そうして改めて見るセーヴル、今は妙な思惑は不要になり、
その美しさが目にまぶしいです。












