聖書日課 デボーションノート -430ページ目

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

レビ記 25:1 主はシナイ山でモーセに仰せになった。
25:2 イスラエルの人々に告げてこう言いなさい。あなたたちがわたしの与える土地に入ったならば、主のための安息をその土地にも与えなさい。
25:3 六年の間は畑に種を蒔き、ぶどう畑の手入れをし、収穫することができるが、
25:4 七年目には全き安息を土地に与えねばならない。これは主のための安息である。畑に種を蒔いてはならない。ぶどう畑の手入れをしてはならない。
25:5 休閑中の畑に生じた穀物を収穫したり、手入れせずにおいたぶどう畑の実を集めてはならない。土地に全き安息を与えねばならない。
25:6 安息の年に畑に生じたものはあなたたちの食物となる。あなたをはじめ、あなたの男女の奴隷、雇い人やあなたのもとに宿っている滞在者、
25:7 更にはあなたの家畜や野生の動物のために、地の産物はすべて食物となる。
25:8 あなたは安息の年を七回、すなわち七年を七度数えなさい。七を七倍した年は四十九年である。
25:9 その年の第七の月の十日の贖罪日に、雄羊の角笛を鳴り響かせる。あなたたちは国中に角笛を吹き鳴らして、
25:10 この五十年目の年を聖別し、全住民に解放の宣言をする。それが、ヨベルの年である。あなたたちはおのおのその先祖伝来の所有地に帰り、家族のもとに帰る。
25:11 五十年目はあなたたちのヨベルの年である。種蒔くことも、休閑中の畑に生じた穀物を収穫することも、手入れせずにおいたぶどう畑の実を集めることもしてはならない。
25:12 この年は聖なるヨベルの年だからである。あなたたちは野に生じたものを食物とする。
25:13 ヨベルの年には、おのおのその所有地の返却を受ける。
25:14 あなたたちが人と土地を売買するときは、互いに損害を与えてはならない。
25:15 あなたはヨベル以来の年数を数えて人から買う。すなわち、その人は残る収穫年数に従ってあなたに売る。
25:16 その年数が多ければそれだけ価格は高くなり、少なければそれだけ安くなる。その人は収穫できる年数によってあなたに売るのである。
25:17 相手に損害を与えてはならない。あなたの神を畏れなさい。わたしはあなたたちの神、主だからである。
25:18 あなたたちはわたしの掟を行い、わたしの法を忠実に守りなさい。そうすれば、この国で平穏に暮らすことができる。
25:19 土地は実りを生じ、あなたたちは十分に食べ、平穏に暮らすことができる。

詩篇 53:1  指揮者によって。マハラトに合わせて。マスキール。ダビデの詩。
53:2 神を知らぬ者は心に言う 「神などない」と。人々は腐敗している。忌むべき行いをする。善を行う者はいない。
53:3 神は天から人の子らを見渡し、探される 目覚めた人、神を求める人はいないか、と。
53:4 だれもかれも背き去った。皆ともに、汚れている。善を行う者はいない。ひとりもいない。
53:5 悪を行う者は知っているはずではないか パンを食らうかのようにわたしの民を食らい 神を呼び求めることをしない者よ。
53:6 それゆえにこそ、大いに恐れるがよい かつて、恐れたこともなかった者よ。あなたに対して陣を敷いた者の骨を 神はまき散らされた。神は彼らを退けられ、あなたは彼らを辱めた。
53:7 どうか、イスラエルの救いが シオンから起こるように。神が御自分の民、捕われ人を連れ帰られるとき ヤコブは喜び躍り イスラエルは喜び祝うであろう。

黙示録 19:9 それから天使はわたしに、「書き記せ。小羊の婚宴に招かれている者たちは幸いだ」と言い、また、「これは、神の真実の言葉である」とも言った。
19:10 わたしは天使を拝もうとしてその足もとにひれ伏した。すると、天使はわたしにこう言った。「やめよ。わたしは、あなたやイエスの証しを守っているあなたの兄弟たちと共に、仕える者である。神を礼拝せよ。イエスの証しは預言の霊なのだ。」


レビ記の箇所には、七年ごとに土地を休ませる安息の制度が語られている。
七年ごとに土地を休ませ、安息の年に実った作物については、土地の所有者ではなく、そこで働いた労働者のものになるという。
さらに、七年の七度、五十年目には全ての労働者らも解放し、自分たちの先祖の土地に帰ることが出来るし、他人の土地を得ていたり、借りていた者などは、それらの土地をもとの所有者に返却することも命じられている。
そのため、土地の売買をする際にも、ヨベルの年を基準にして、それまで何年残っているかを計算し、その間、どれだけの富をもたらすことができるかによって土地の価値を決めるように定められている。
イスラエルの共同体が、誰一人失われることなく、それぞれが先祖に与えられた土地を失わず、かつ、だれもが公平に暮らすことができるように配慮された制度であると言えよう。
一人一人の存在、命、損なわれてはならない、との神の御心を思う。
なかなかこういった制度は現実の世界では難しいのかもしれないが、一人一人を大切にする思想だけは学びたいところである。
少なくとも、主なる神様の恵みの約束により、神の国の祝宴に招かれた者とされている幸いを覚えたいものである。