前回アップした五井先生のお話の中に、
「全部自分の想いが創ったのね、自分の想いで創らないものはない」という言葉があります。
そうなんです。
これが人間が生きる上での核心になります。
例えば、天皇陛下の子供として生まれる人もおります。
優れた音楽家の家に生まれ、英才教育を自然に受けて、一流の音楽家になる人もいます。
ニュートンやアインシュタインのように物理や数学に驚異的な才能を発揮し、生命の神秘、自然界の法則を発見してゆく人もいます。
今話題のスーパーボランティア、尾畠さんのように、なんか人のために尽くしたい、人のお役に立ちたい、という高貴な魂の人もおります。
また、やくざの家に生まれ、犯罪と戦いの日常を送る人もいます。
病気や精神障害で人の世話にならないで生きれない人もいます。
親からの虐待やいじめでなくなる子供もいます。
北朝鮮に生まれ、まったく自由のない、貧困の極致の生活を送っている人もいます。
なんで?
神は平等じゃないの?
はい、神は平等です。
みんな我が子です。
しかし、個人個人、出発点が違うのです。
たくさんの過去生があり、そのときに発した想いが潜在意識にいっぱい蓄えられているのです。
また、天命が違い、光の色が違うのです。
生まれ変わりの回数、経験の量、進歩の速さ、想いの使い方、個人の好み・・・
しかし、例外なく、一人ひとり、自分の想いで自由に選択してきた結果、今、この瞬間の肉体と精神と環境を手にしているのです。
社会のせいでも、親のせいでも、時代のせいでも、天候のせいでもないのです。
自分の想いで創り上げてきたものが、時を経て今実っているわけです。
だから、消えてゆくものを追いかけず、この瞬間から新しい想い、明るい想い、光明の想い、法則にのった想い、祈りを発し続けてゆけば、かならず光り輝く魂、光り輝く肉体、光り輝く環境が現れてくるのです。
ほんとうにこのことが分かれば、いっぺんに世界は平和になるのですが、これはじわじわと気づきが大きくなり、ある日ある時、「あーほんとうだったんだー。自分を傷つけ、自分を侵すものは自分の想いだけだったんだー!」とわかるのです。
本当に体験として、想いとして、魂の底の底からわかったとき、五井先生や植芝盛平翁、あるいは他の大聖のように、相対的な想いが一切なくなって、宇宙即我、大我そのもの、愛そのものになりきってしまうでしょう。
それがわかってくれば、今の国同士のだましあい、うその付き合い、領土や資源の取り合いなど、なんと愚かで利己的で、自分勝手なバカなことがおわります。
もうすぐです。
世界平和の祈りつづけてゆけば、かならず光明一元の世界が展開してゆくのです。
なぜか?
祈りは光であり、人間は自分の想いで自分の世界を創っているのだから
世界人類が平和でありますように
May peace prevail on earth