この通信も村田先生のご著書からですが、日本人の精神性を代表するような方、偉大な剣道家が移行されたときのおはなしです。
この剣道家は、水戸出身の最高の格式を持った剣士ということで、高野茂義師ということがわかりました。
私は、昔から武道に対する憧れがとてもあり、宮本武蔵をはじめ剣豪、武道家の伝記を読むのが大好きなのです。
武士道・・・これは日本の霊性、精神性そのものだと思います。
さて、その道を究めた方が肉体を離れるときは、どういう状況になるのだろう・・・
とても興味があります。
すばらしい、神々しい、荘厳な移行の様子をどうぞお読みください。
或る剣道一筋の人
それで、ある神人の、素晴しい昇天の模様を書かせていただくことにします。
その人の一生は、剣の道一筋の生涯で、素晴しき神人一如の座まで精進された人でありました。現世においても、剣の道で最高の格式を持っておられました。見るからに頑丈な体躯、魂の大きさを物語る容貌、白髪の中に包む威信。こうした素晴しき魂と、肉体とをあわせ持つ人はまことに少いといえましょう。
死期が近づく一年ほど前、五井先生に導かれるようになりました。その人の場合は再び帰ることなき肉体の座において、肉体にまつわる想念の一すじだに残すまじと、奥の奥まで洗い浄めることが、この人の最後に残された修業であったのです。
ある時は激痛の波がとっさに渦を巻き、また或る時は悲しい波が押し寄せてきては消えていった。その間、魂は大方神界にありました。肉体は蝉のぬけがらのようであったのです。空の人、肉体の座におよそ想念はなかったのでした。
死期が近づくにつれて、出生の地そして縁深き地、水戸がしきりに思われるのでした。やがて水戸に家ができて、木の香も新らしき我が家に帰り着くことができました。老齢とはいえども、一生を剣一筋に鍛えてこられた肉体は頑丈で、腰など少しも曲るようなことはなく、顔にはおかしがたい威信を備え、目は何物をも射ぬくかのような強さが光っていました。無言のうちに、相手に何か強いものを伝えているのでありました。
新居に移って間もなくその剣人は昇天されました。私は当日ちょっと統一して、水戸での葬儀の様子を見て驚いたのでありました。
地上での葬儀が盛大であったということだけではありません。儀式は神式で行われていました。ということはこの剣人の魂の座に全くふさわしく、名実ともなる儀式でした。私の霊眼に映じたその場の情景は、実に名状しがたい素晴しいものでありました。
その時は、お迎えの神々がすでに降りてこられて、それぞれが座に着かれ、地上の儀式が神々の座にむかって行われていました。
かの剣人は白衣の衣冠束帯をつけた神人の姿で、祭壇の中央に大きく座しておられます。普通の人の三、四倍もの大きさに見受けられました。その背後に、出迎えの武神が等身大で三体立っておられます。その三体の主となられる武神の横に補佐されるように二体やや小さく立っておられます。その武神のうしろに、女神の姿をしたそれはそれは美しい神々が三体立っていらっしやいます。その上に物凄い光輝を放たれている神様は、日本武尊のようなお姿に見えました。
こうして背後に三段で三角形になって輝いておられる神々の光輝で、あたりは黄白色に満ち満ちています。そのなかで、白衣の神人を中心とした壇の前に、八字型に並んでいらっしゃる神々があまりにも大勢いらっしゃったので、ちょっと見当がつきませんでした。こうしたお迎えの神々が両側に立ちならぶ中を、地上の縁者、友人、知己がうやうやしく捧げる玉串の榊の葉の青さが、一際目立ちます。
白衣の衣冠束帯の神人があまりにも大きいので、地上の人は子供のように見えてなりませんでした。玉串を捧げ、うやうやしく最敬礼をするたびに、大きくうなづきつつニッコリと笑われるあたりは、神人の面目躍如たるものがあります。ああ素晴しきかなとただ見とれるばかりでした。
数多き玉串の奉納も終りに近づいた時、どこからともなく笙、ひちりきの音が降り注いできました。喨喨として流れるその音は、五井先生の口笛のように思えてきました。あるいは高くあるいは低く流れるうちに、神々の陣容は神人を中心にピラミッド型になって行きました。その時一段と光輝が放たれました。それは霊団が地上を離れる瞬間に放たれた閃光でした。それを機に霊団は次第に地上をはなれたが、ある点にくるとあとは目にも止まらぬ速さで天上界へと移行してしまったのでした。
すばらしいの一言ですね。
出迎え、迎え人がなんと神々とは・・・
死後、すぐに神様となって仕事を開始することができる境涯・・・
人間は、本来、神の分霊なのですから、それが当然なのかもしれません。
私もこういう移行を迎えられるように、精進してゆきたいと思います。
世界人類が平和でありますように
すべての人が輝かしい移行の瞬間を迎えられますように