最近、母のお得意さんのTさんがあっけなく亡くなり、本当に死というものが身近なものであることを感じています。
そのTさんは、亡くなる1週間くらい前から急に母に対して親しみを表し、近くに用事があって母がそのTさんを訪ねると、部屋中が書類、アルバムなど過去のすべてのものを整理しているところでした。母が「どうしたの?」と尋ねると「体の具合がよくないので、なにが起るかわからないので整理しとるんよ」という返事でした。
その翌日、Tさんの奥さんから電話が有り「主人が亡くなった」ということでした。
Tさんは、なんとなく自分の死期が近いことを意識の奥で知っていて、なんとなく母と親しくなり、母と知り合うことで私と知り合ったのでした。
そして、その年の「地球黎明祭」にTさんの御霊の供養を私が申し込むことになったのでした。
この縁というか、すべてが計画されているというか、奥に働いている力を感じるのです。
Tさんはとても純朴ないい人で高い世界に導かれたと感じています。Tさんの笑顔が心に映ってきます。
人間は、この肉体がひとりぼっちで生きているような感じがしていますが、実は守護の神霊のネットワークの中で無意識の内に導かれているというのが真実だと思います。
その中で出会うべき人に出会い、その出会いの中で磨かれ成長するように仕組まれていると思います。
守護の神霊からすると肉体の死などは、その死に方はどうであれ、当たり前のことであって、特別悪いことでもなければ悲しむべきことでもないのです。一つの課題をクリアしておめでとうという感じでしょうか。
一番悲しいのは、自分が守っている子供(肉体人間)がこの世で進歩しないで、成長しないで、かえって、人に迷惑をかけ、カルマ積み、退歩することなのです。
死は永遠の別れでもなければ、悲しいことでもない、ということが科学的にも個人の体験としても確認することができる日が来るのを切に願わずにいられません。
世界人類が平和でありますように
すべての人が死後の生命を確認できる日が一日も早く来ますように