犯罪に対する刑罰の軽さ | tablaboyの道日記

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祈りによる世界平和運動、祈り研究をライフワークとし、音楽、散歩が趣味です。音楽に関する記事、スピリチュアリティーに関する記事、祈りに関する記事、随時アップしてゆきますので、楽しんでください(^^♪ 世界人類が平和でありますように

最近、ストーカー殺人事件が、とても多く報道されています。
マスコミは、性犯罪について報道することを規制しているので、よほどのことでないとほとんどニュースにならないように聞いています。なにか納得できない感じです。

もちろん、被害者のプライバシーに配慮することは大事ですが、これから起きるであろうことに対する抑止力、警戒ができず、結局、今回の新潟の連続殺人のようなことになってしまっています。
海外旅行でも、被害にあった方のニュースはほとんど報道されません。殺人などほんの一部の事件しか取り扱われないのが実情と思います。
それによって被害者が増えてしまいます。

いつも思うのですが、日本は犯した罪に対する罰則が軽すぎると。
江戸時代などは、死刑でも、いろいろ種類があり、打ち首、さらし首等々、犯罪の種類、重さによって、それにふさわしい罰則があったように思います。もちろん、権力者による理不尽なものもあったとおもいますが。
参考リンク

刑罰が重いというそのことは、これから起こるであろう犯罪に対して抑止力が働くので、とても有効に機能していたと思います。

また、犯罪にあわれた方とそのご家族の心情を考えると、犯罪に対して1.5倍くらいの刑罰が適切だと思うのです。
殺人を犯した人間が、10年、20年で社会に復帰する・・・
ちょっと考えられません。

刑罰が重いことによって多くの犯罪を抑止でき、犯罪者の奥深くにある良心も満たされると思います。また、死刑になった人は、死んだ後の霊魂の負担も軽くなり、結局、霊魂の進化、浄化が早くなるということになります。

法律の専門家、人道主義の研究者、道徳の専門家、犯罪抑止の専門家の方々にもっと考えていただきたい思い切です。

世界人類が平和でありますように
人間の中のすべて悪い想いがなくなりますように
人間の中の良心が光り輝きますように