新年早々、たくさんの人々が紛争の犠牲になっています。
この地区は、昔から紛争が絶えないのですが、いろいろ大義名分をつくり、人殺しを正当化しています。
潜在意識では、長年の宗教対立、領土争いからの恨みが、深い層をなして、きっかけさえあればいつでも戦争しようという、想いが渦巻いています。
どんな理由があれ暴力は、反人道的で、文明人のすることではありません。
また、どんな理由があれ、自分の心を他者から動かせれ、感情が渦巻くようであれば、その人が未熟なせいだ、ということです。他者の責任というより、もっと自分を修め養う必要があるという、証です。
お釈迦さまのお話
ある日、お釈迦様が弟子たちとともに、説法しながら、村から村へと移動していました。
そこに、うわさを聞きつけた、他の宗教の信者たちが、どれくら人間ができているか試してみよう、とお釈迦様につばを吐きかけ、罵声を浴びせました。
お釈迦様は、涼やかな輝くような笑顔で、「どうしたのかね。なにかいいたいことがあるのかね。あなたがたが侮辱しようとした人間は昔はいたのだが、今はもういないのだよ。だれも私を傷つけることはできないし、侮辱することもできない。というもの、私は動揺する想い、心、自我をはるかに解脱してしまった。私というものはもうどこにもいないのだよ」、と答えました。
すると、信者たちはひれ伏して、その場で釈尊の信者になったということです。
これが本当の人間、愛のある人のあり方、宗教に達した人間のとるべき態度ではないでしょうか。
憎しみには愛を、侮蔑には敬意を与える訓練、練習に精進してこそ、人間としての道ではないかと思います。
それから外れれば、どんな宗教を信じようと、どんな団体に属していようと、道から外れていると思うのです。
ひたすら、イスラエル、パレスチナに光を送り続けましょう。
世界人類が平和でありますように
イスラエルとパレスチナが平和でありますように