河津桜と早春の爪木崎 | 白兎の地図と歴史の巡検記

河津桜と早春の爪木崎

2008年02月28日~ 2008年03月1日掲載


春を待ちかねていた多くの人が河津桜を観賞して、ひと足早く春を肌で感じようと訪れる。旅ジャーナリスト会議でも2月17日(日)~18日(月)に、森田代表他6名の会員が河津桜と爪木崎の水仙と秘湯を訪ねる研修旅行を実施した。


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●河津町(かわづちょう)
 緑と清流と温泉、面積101k㎡、人口9千人足らずの町が、年に一度町をあげて取り組む河津まつり。伊豆半島の東海岸に位置し、大部分が天城山系の山林である。町の中央を天城峠を発源とする河津川が流れ、わずかに下流部分のみが平地である。河津川の流域は上流に河津七滝や大滝、七滝温泉、中流には湯ヶ島、下流には峰、河津浜、今井浜温泉があって河津温泉郷を形成している。河口付近には砂浜が広がり海水浴で賑わう。山、渓谷、温泉、海と観光資源にはこと欠かない河津町。年に一度、まつり実行委員会のもと、役場、観光協会、商工会賛助店、河津桜まつり賛助会員や町民あげての熱い1カ月におよぶイベントが繰り広げられる。


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●河津桜
特徴は開花時期が早く、2月上旬から3月上旬まで約1カ月にわたって咲くことである。花が大きくピンク色で、緋寒桜と早咲きの大島桜が自然交配したものと考えられているが、昭和50年(1975)4月、河津町の木として指定された。伊豆急河津駅より1.3㎞上流には、河津桜の原木が凛として咲き誇っている。原木の地は民家の庭先で駐車場も無いため、近くの河津町役場が駐車場やトイレも提供して、ボランティアが活躍している。


●河津桜原木物語(原木前の看板から引用)
「昭和30年頃の2月のある日、この家の主であった飯田勝美氏が河津川沿いで(豊泉橋上流の田中地区側)、冬の枯れ雑草の中で芽吹いていた1m位に育った桜の若木を偶然見つけて庭先に植えた事が始まりでした。約10年後の昭和41年1月下旬、やっと花が咲き始めました。同年4月、主の勝美氏は花が咲くのを見届けて永眠しました。その後きれいに咲く桜を見て譲って欲しいという話もありましたが、思い出の桜のため手放さなかったそうです。当時、この家の屋号からこの桜は「小峰桜」と呼ばれ親しまれていました。その後の調査で新種の桜とわかり昭和49年には河津で生れた桜であることから「河津桜」と命名され昭和50年4月に河津の木に指定されました」(飯田ひでさん談)
原木の大きさ 木高約10m 樹幅約10m 幹間約115㎝


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 原木を観賞しての帰り道、ふと商店の店先に置いてある鉢植えが何ともいえない不思議なものであった。仏手柑(ぶしゅかん)という種類の柑だそうである。


●町をあげてのイベント
 花見は昼間も楽しいが夜桜もまた格別の感がある。まつりの期間中は河津駅前会場と峰温泉、それに約10㎞も離れた河津七滝ループ橋下まで、あちらこちらで夜桜ライトアップが楽しめる。足湯のサービス処、甘酒や火鉢で暖をとるサービス、伊豆踊り子と記念撮影、スタンプウォーク等々盛りだくさんである。


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●爪木崎
 河津温泉郷も魅力ではあるが、雑踏と喧騒を逃れて少々足を延ばし爪木崎を訪れた。今年は寒い日が多かったせいか、水仙まつりとアロエまつりが終ったというのに、まだまだ見てくれと言わんばかりに咲いている。


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 池の段とよばれる草原一帯に、冬は水仙。アロエ、夏にはハマユウが咲き誇る。


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 海岸は海食崖で爪木島、田浦島の岩礁が見事な姿をしている。六角柱状節理を伴う安山岩が、海食で露出する俵磯海岸は県の天然記念物となっている。須崎遊歩道での散策、先端に行けば爪木崎灯台に出て、伊豆七島の眺望がすばらしい。海水浴や磯遊びも楽しめ、須崎御用邸がこの地にあるのも納得できる。


●秘湯の宿「風」
 伊豆急下田駅から爪木崎行バスで約15分、下田・爪木崎公園、須崎御用邸に隣接し海水浴、森林浴、加えて温泉と豊富な海の幸が味わえる。館内にはペリー開国当時を思い起こさせる、西欧アンティークや骨董が飾られたりして、和洋とりまぜての癒しの空間となっている。


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 この「風」こそ、日本の秘湯を守る会の宿であり、屋上にある露天風呂からの眺望は、寝姿山に沈む夕日、伊豆七島と海から昇る眩いばかりの日の出、まさに秘湯の名に相応しい露天風呂である。この「風」は、江戸情緒を楽しむ宿、江戸の遊びを楽しむ宿として知られる、浅草の助六の宿「貞千代」が経営しており、永年の経験と地元の豊富な食材を使っての料理と地酒がなおいっそう心に残る。


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●下田港・ペリーロード
 下田は幕末開港の歴史探訪や黒船下田港内めぐりによる湾内からの眺望も趣がある。華やかさはないものの、町おこしのひとつとしてペリーロードの散策が静かなブームにもなっている。


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 日露和親条約が結ばれた長楽寺、日米下田条約が結ばれた了仙寺(写真左)(境内裏手には古墳跡(写真右)がある)辺りから用水路の両側に沿って、ペリー上陸記念碑のある港まで続く。ここは幕末当時の下田の花街跡。ミニ倉敷のように情緒溢れている。町おこしの一環として用水路を綺麗にしたり、趣のある品揃えの店、ちょっと入ってみたくなるような飲食店などゆったりとした散策が楽しめる。


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●むすび
 今回、河津桜まつり取材と秘湯の宿爪木崎「風」に泊まり、早春の南伊豆の旅を味わった。今年のNHK大河ドラマ『篤姫』は、これからペリー来航による幕末の開港、開国の場面を迎える。下田開港博物館に立寄り、さらに知識を高めることで一層興味が湧くであろう。伊豆急下田駅からは特急踊り子号で帰京の途に着く。ホームには無事帰るように祈る石造の「カエル像」が見送ってくれる。


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おしまい