観光地トイレの向上について
2007年11月26日~2007年11月30日掲載
毎年11月10日はトイレの日である。(いいトイレ)トイレのない人は世界で26億人いるという。今年インドで開催されたワールド・トイレ大会では45カ国が参加、国際社会のテーマとして2015年までに、トイレのない人半減の13億人を目標とした。我が国では11月9日、第23回全国トイレシンポジウムが開催されたが、そのなかから観光地トイレの整備について考察してみる。
●はじめに
平成18年12月13日、観光立国推進基本法(昭和38年の観光基本法を前面改正)が与野党一致で成立、今年1月1日より施行された。その目的や基本理念はさておき、我が国は平成19年6月29日の閣議決定を受けて観光立国を宣言した。策定された観光立国推進基本計画における基本的な目標は平成22年(2010)までに、
一、外国人旅行客を733万人から1000万人(現在世界一位はフランスの7600万人で日本は32位)。
二、日本人の海外への旅行者1753万人を2000万人。
三、国内における観光旅行消費額24.4兆円を30兆円。
四、日本人国内旅行宿泊数年間2.77泊を4泊。
五、我が国における国際会議開催168件(平成17年)を252件(平成23年)
とした。この動きを受けて国土交通省、環境省、総務省等国の機関に加え各地方自治体が中心となって、観光振興策に乗り出した。また、新たに観光庁を創設することも検討されている。
日本トイレ協会ではこれまでに、公共・公衆トイレ、学校トイレ、災害時トイレ等とともに、早くから観光地トイレ、山岳トイレの向上をテーマに取り組んできた。今回、観光立国宣言で観光振興の盛り上がり機運を受け、あらためて観光地トイレの向上について、シンポジウムで活発な議論が交わされた。そこで、このテーマについて旅ジャーナリストの立場から、その内容の一部を紹介するとともに、私見を混ぜ提言し関係者の忌憚のないご意見を拝聴したいと思う。
●これからの観光地トイレ
観光地のイメージはトイレの良し悪しによって左右されると言っても過言ではない。観光地における適切なトイレの整備と管理は観光地としての必然的な課題といえ、単に排泄という問題に限らず、今や地球温暖化や節水対策、衛生問題などへの配慮が必要で、かつユニバーサルデザインやバリアフリー、メンテナンスへの配慮について欠くことは許されない状況になっている。これまでの観光地は「観光資源として何があるか」が叫ばれてきたが、これからは「観光地として何ができるか」ということの、情報提供が必要であり、観光コースとしての活動の中で最も重要な補完施設がトイレであることは論を待たない。安心・安全な観光拠点の整備を図る第一歩としても、最近の好事例を紹介しながら考察してみたい。
●都市型観光地トイレの起爆剤となるか--情報の町秋葉原に有料トイレ「オアシス@akiba」誕生(全国より350件応募の中から区内在勤女性が命名)
東京都千代田区は皇居を中心として、東京駅、有楽町周辺から日比谷公園、国会議事堂、靖国神社、神保町古書街、近年著しく変貌した秋葉原などを抱える典型的な都市型観光地といえる。千代田区内には30カ所にのぼる公衆トイレがあるが、メンテナンスやランニングコスト、それにもまして破壊などによる汚れ、破損が絶えず「暗い・臭い・汚い・怖い・壊れている」の5Kそのものである。千代田区まちづくり推進部では、首都東京の顔としてのイメージアップを図るため抜本的な見直しをして、平成15年に調査を開始「公衆トイレに関する検討協議会」を設置、提言を受けてモデル有料トイレの設置に踏み切った。平成18年12月16日オープン。美しいユニバーサルデザインの先端を行くトイレ、もちろん障害者、子供、乳児、オストメイト、着替え、化粧と万全な設備を整えている。また、無料のインターネット検索ができるパソコンを設置、文字通り情報の発信地秋葉原の駅前に相応しい憩いの場である。スタッフが常駐し安心・安全・綺麗を売物に公衆トイレのイメージを一新、隣りには喫煙スペースも備えている。利用料一人一回100円(小学生以下・身障者無料)、7時~22時とし年中無休。この約1年間の利用者数は7万5000人、1日当たり約200人だが、最近の利用者数は倍増している。筆者の取材時もテレビ取材の時で放映後の反響もあって増えているらしい。
●今後の展開
千代田区の分析では概ね好評を得ているとしながらも、意見として「利用料100円の価値はある」「とても綺麗」「着替える時に便利」「支払にスイカが使えて便利」などといった肯定的な意見が多い一方、「公衆トイレが何故有料なのだ」「用を足すのに100円は高すぎる」「税金の無駄」「喫煙コーナーはいらない」等の否定的な意見もある。しかし、着実に常連が増えてきており、定着しつつあると考えている。ただ男女別利用者の問題、即ち男8割、女2割をどう考えるか、やはり女性はトイレはタダが良いと思っているのであろうか、今後の推移を見守りたい。
●有料トイレへのアレルギー
我が国ではトイレは「タダ」という意識が定着している。もつとも江戸時代から戦後しばらくの間、農作物の肥やしにするため便所の汲み取りは、金を払い引き取っていた時代があったほどである。チップ制は当り前のヨーロッパとは異なる。千代田区内にしても公共施設、JRや地下鉄、オフィスビル、大手デパートや商業施設等トイレはタダで利用でき、しかも綺麗で快適なトイレがほとんどである。果して都市型観光地、この千代田区に限らず東京をはじめ札幌、仙台、名古屋、京都、大阪、福岡などに波及できるか? トイレはタダという我が国で果たして定着するだろうか? 今後の動向が注目される。
●他地区のトイレ状況
都市型観光地で外国人観光客の多い典型的な例を紹介しよう。「浅草」である。ご承知のように仲見世から浅草寺にいたるまでのトイレ事情は、外国人ならずとも観光客泣かせと言わざるを得ない。案内板やパンフレットにトイレの位置は表示されている。でも、あればいいというものではない。設備といえば到底外国人観光客の満足のいくものではない。
旅ジャーナリスト会議のメンバーで通訳ガイドをしているSさんの話では、仲見世を観光中トイレに入っても、あわてて飛び出してくる。そして近くのホテルへ駆け込み用を足すのだそうである。日本トイレ協会でも観光地トイレの調査を行った際、筆者も実際に浅草を調査してみたが、これでは当然だと思った。観光立国宣言、外国人観光客1000万人誘致どころではない。ほかに「上野」なども同じような状況と言える。
●国立公園での有料チップ制の現状
我が国の国立公園は29か所208万6790ha、国土面積の5.52%ある。最近は世界自然遺産登録をめざすところが増加している。世界自然遺産というのは観光振興の観点はない。むしろ尚一層の保護の徹底が必要とされる。しかし、この趣旨が理解されずに我が国では観光振興の道具にされているという。そして世界遺産ブームとなり多くの観光客が大量かつ、季節によっては大変な混雑でピーク時対策に追われている。これは本来避けるべき事態なのである。このような意見は当然のことながら環境省や国土交通省にもある。
一方、観光立国宣言により観光振興、観光客誘致を推進する国土交通省の観光関係部局や経済産業省などとは意見を異にする。また、国定公園56カ所、都道府県立自然公園309カ所ともなると、地方自治体の管轄となる。今年は自然公園法制定50周年、国立公園法制定から76年目を迎えており、富士山をはじめとする山岳、国立公園でのトイレ対策は喫緊の課題と言えよう。
●上高地、尾瀬にみる有料チップ制の成功例
山岳トイレ補助金(山岳環境等浄化、安全対策緊急事業費補助)により、環境保全型トイレを整備した山小屋においては、トイレのチップ制導入や有料化を実施している。公衆トイレについては、チップ制導入箇所は少なく、成功例は上高地と尾瀬であり、それ以外は概ね赤字となっている。上高地はバスの駐車場側(マイカーは乗り入れ禁止)にある公衆トイレで、スタッフが協力金を徴収している。協力依頼金は一人一回100円。この一カ所の協力金で公園内の各所のトイレ管理、メンテナンスに充当しているのである。
しかし、マイカー乗り入れ禁止により70万人の観光客が35万人と半減、収入も半減した。尾瀬でも60万人から33万人に半減しているという。さらにチップは硬貨であるため、集金する銀行員が背負って下山するなどの問題も抱えている。多くの観光客は「トイレはタダ」という観念を持ちつつも、上高地や尾瀬のようなところでは環境保護意識の高まりからか、チップ制は定着しているものと思われる。いずれにしろ受益者負担と行政サービスの配分について多くの課題を抱えているのである。
●その他の観光地トイレ
都市よりもローカルになればなるほどトイレを探すことが大変になる。自然観光地になればなるほどトイレの整備が進んでいないし、ピーク時対策、男女比対策も進んでいない。もちろん、和式のトイレが多く、車椅子用のトイレもない。施設管理者は利用者がどのようにトイレを使っているか把握しているのだろうか? 手の力だけで便器に乗り移れない人もいるのである。ひと昔前と格段に身長、体重も増え体格が良くなったことも考慮しているのであろうか。サービス産業としての宿泊施設で寝床とトイレは完璧でなくてはならない。だから今までの既成概念を取り除き、物事の基準を自分に置かず、関係者の意識の統一化を図ることが重要である。
観光振興策について聞かれることがある。筆者は必ず「トイレ」のことを提案する。そのくらい満足な観光地は少ないと言える。行政も観光協会や観光関係の方々も、皆一様に頷くがそれから先一歩も進んだためしがないといっても過言でない。観光客誘致策として不可欠な一つにトイレ問題が重要ことは判るが、対策は進まないのは何故か、筆者はトイレは行政のやることと思っているところが多いことを指摘しておきたい。トイレはタダ、しかも鉄道や行政がやってくれるものと勘違いしている観光地の人たちが多い。観光振興策の一環としてトイレ問題に地域ぐるみで取り組んでいるところもある。いくつかの好事例を紹介してみたい。
京都東山観光マップ
大規模な観光地のトイレ対策として、観光トイレマップを作成して提供している。この取り組みの趣旨に賛同する会員から協力金を集め、観光リーフレットなどのほか、地域で統一されたトイレ利用可能を示す表示を行う点や、民間協力による事例である。
千葉県銚子市トイレマップ
「どなたでもご自由に」をキャッチフレーズとして、トイレの所在地リストと場所を表示した地図を置いて配布している。ホテル、スタンド、お寺、ラーメン、寿司、市場、観光施設等々で参加54カ所にのぼる。
福島県会津若松市
アネッサクラブ(商店街の姉さま)。地元商店街が一体となって取り組んでいる「4つのどうぞ」①お茶をどうぞ、②お荷物をどうぞ、③椅子をどうぞ、④トイレをどうぞ、である。トイレについては個人商店も含め既存施設の活用を図りサービスしている。
宮城県気仙沼市
1995年第14回全国トイレシンポジウム開催市。早くから行政と地域住民一体となった取り組み。市役所職員、商店主、会社員、主婦などのボランティアにより公衆トイレの清掃、メンテナンスを行っている。
群馬県
ぐんまビジタートイレ認証制度(認証マーク)。①清潔、②安心・安全、③誰でもみつけやすい、④誰でも使いやすい、⑤まちにあったものを。県内約600カ所の公衆・公共トイレを調査し、平成18年度末で約100カ所を認定した。
富山県
富山県快適トイレ推進プラン。「いつでも、どこでも、だれでも、安心して、快適に」利用できる。「環境に配慮した」トイレの推進。富山県トイレマップの作成。「環日本海トイレフォーラム」の活動。「トイレガイドマップ」の作成。
新潟県
観光客へのトイレをどうぞというメッセージ。「まちなか、みちなか、どこでもトイレ事業」
熊本県
「商店街がUD事業でトイレの提供」中心市街地6商店街がトイレを無料で提供。(私たちはお手伝いします)トイレが使えますシールを店頭に掲示。
●長野県伊那市に注目
平成18年3月、伊那市、高遠町、長谷村が合併して新しい伊那市が誕生した。同時に中央アルプスの山腹を貫いて権兵衛トンネルが開通した。これによりJR中央線、飯田線、中央高速道、長野自動車道、甲州街道、三州街道、中山道を利用した広域観光エリアが形成された。中央アルプス、南アルプスに抱かれた、伊那路が新しい観光地として脚光を浴びようとしている。さらに飯田市、伊那市、富士見町、大鹿村は南アルプスの世界自然遺産登録をめざし、すでに協議会も設置して推進を図っている。
恵まれた自然環境を生かしながら、産業と観光振興を図る取り組みが行われているが、観光資源としては充分過ぎるくらい持っていると言っても過言でない。あとは観光立国の一翼を担うアイデア、仕かけ、取り組みなどが期待される。その一環として筆者は昨年「観光地トイレの整備と充実」に関する提案を行った。関係者も関心を持って前向きに検討している。幸い地元には立派なモデルケースがある。
「かんてんぱぱガーデン」のトイレである。南アルプスの景観を眺めてのヘルシーで美味しいかんてん料理も良いが、このガーデンのトイレはユニバーサルデザイン、メンテナンス、数ともに申し分ないと思う。きっとリピーターも多いことであろう。春には高遠城址公園の桜が有名で、多くの観光客で賑わうがトイレ対策もさぞ苦労していることであろう。今後、伊那市が南アルプスの世界自然遺産登録をめざす上からも、総合的な観光地トイレの向上にどう取り組んでいくか注目していきたい。
長野県伊那市、中央構造線分杭峠の磁場ゼロ地、浄化槽式有料エコトイレ
●観光地トイレの今後と対策
前述のごとく観光地といっても東京のような都市型や上高地・尾瀬といった国立公園型では大きく異なる。なかでも、国立公園や自然遺産地域での維持管理やコスト負担のあり方が大きな課題となっている。このため有料チップ制や指定管理者精度の導入等が模索されている。また、地球温暖化やCO2削減は、トイレの分野においても処理レベルの維持を図りつつ、省エネ化や節水化が進められている。
世界では今や6㍑便器は当たり前の時代であるが、日本では依然として10~13㍑便器を使用している。1回に流す水の量が世界に比べて倍であり、いくら水の豊富な日本だといっても、世界からは無駄遣いと言われている。「受益者負担の原則」がある一方、「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」第五条には、「清潔の保持は市町村固有の業務」が定められている。今こそ、誰がどのようにして負担すべきなのかが問われている。
●観光地トイレの印象は観光地全体の印象に影響する
いわゆる「暗い、臭い、汚い、怖い、壊れている」の5Kが印象の悪いトイレであり、かつ外国人観光客ならずとも、近年は洋式、水洗、乙姫と広さが求められている。観光地トイレに関するアンケート調査によっても、①清潔、②メンテナンスが良い、③ユニバーサルデザイン対応済。であり、悪いトイレは①不潔・臭気、②便器の数が少ない、ピーク時対策がとられてない、③メンテナンスが悪い(トイレットペーパーが無いなど)である。印象の良いトイレにするためには設置者の悩みもある。①メンテナンス②落書き、いたずら、破壊、③利用者マナー、④維持費の財源、などがあげられる。
●解決策は
一、 これまで述べてきたように観光客誘致には地域ぐるみの取り組みが必要であり、行政や観光施設、業者などだけが携われば良いというものではない。事例で紹介したように、地元商店街や市民団体、ボランテアなどによる協力体制が必要で、これに取り組んでいる観光地のトイレは良い印象を受けている。
二、落書防止や破壊防止等に安心・安全街づくりとして地域ぐるみで取り組んでいる。
三、ピーク時対策や男女比対策にも取り組んでいる。
四、様々なトイレのタイプ(処理方法)にも積極的に取り組んでいる。例えば、浄化槽方式、浄化循環式、コンポスト処理(バイオトイレ)、焼却式、土壌処理、汲み取り、また災害時トイレで活躍する仮設トイレなどである。
五、重要な財源であるが現在のところ我が国では、環境省、国土交通省、経済産業省、財務省、総務省それぞれが縦割りで、各々トイレの重要性は認識しつつもその域を出てはいない。大幅な予算化にはほど遠い。
したがって各々の観光地で好事例を参考にしながらも、地域にあった方法を知恵を出しあわなければ解決しないし、トイレの向上は図れない。自分たちの問題として資金を出したり、スポンサーを得るか、有料チップ制を導入するか、商店や個人までもトイレを提供するか(改装や増設資金の補助を行政に働きかける)、広告トイレの導入を図る、また山岳地では登山客に排泄物を持ち帰って貰う、等々である。
●おわりに
観光地でのトイレ問題がクローズアップされた原点は、19世紀末、エッフェル塔の完成にあわせたパリ万博と言われる。フランスは国の威信をかけてトイレの改善を図り、世界に先駆けて下水道処理を行った。我が国でも1970年の大阪万博、その後の沖縄、つくば、大阪花博、愛知万博と続き多くの外国人観光客受け入れを機に、ユニバーサルデザイン化とメンテナンスの向上が図られてきた。この流れは都市型観光地を中心としてトイレの改善が急ピッチで進み、世界でも有数のトイレ先進国となっている。
背景には日本人の綺麗好きもさることながら、電力事情、豊富な水資源、良質なトイレットペーパー、メーカーによる設備の研究開発、などがあげられる。一方で地方の観光地トイレの問題は、観光立国を宣言し、2010年に外国人観光客1000万人誘致や、国内では団塊の世代による旅行の増加見込みに対して、やや立ち遅れていることは否めない。早急に観光地トイレの充実を図るべき時にきていると思われる。
地方から東京への修学旅行といえば、本郷、上野界隈の旅館であったが、今の子どもたちは洋式で水洗、乙姫でなければ用を足せないから、ディズニーランド周辺のホテルや設備の整ったホテルに宿泊するのだという。逆に本郷の旅館では多少の改善をして、低料金と日本の風情を求める外国人観光客に人気があるという。いずれにしても観光立国宣言は観光地トイレの整備抜きには考え難い。時間も限られている、早急に官民一体となった取り組みが期待されるところである。
おしまい








