廣州街を西の方向に戻りながら探しますが、どうしても目的の"隘門"らしきものが見当たりません。
こういう時は地元の人に頼るのが良いということで、道端でおしゃべりしている、いかにも地元育ちという感じのおじさんに尋ねたところ、「え?見つからない?すぐそこのことだよね?ついておいで」と、案内してくれました。
「この辺だよ」
と連れてこられたのはお昼ご飯を食べた"四方阿九魯肉飯"の場所。
その真横で"隘門"の取り壊し工事が、今まさに行われているところでした。
うわ~門壊されてる!!
驚いた私はおじさんへのお礼もそこそこに裏に回ってみることにしました。
細い路地を抜けて、工事の音がする方へ向かいます。
本当に壊されてる!
重機のアームが伸びている辺り、そこには"隘門"の上の廟が祭ってあった所。
のんびりお昼ご飯なんて食べたり、愛玉子を飲んだりしていなければ……
廣州街に着いてすぐに人に聞いていれば……
壊される前の最後の"隘門"の姿を見られたのかも知れないのに!と思うと、残念でなりません。
中に入れてもらえたので近づいてみました。
右端の階段はまだ残っています。
丸い「日月香」の看板は残っています。これも映画に出ていました。
こちらの建物は壊さないようです。
どうしてすぐにここへ来なかったのか。
とても悔やまれる。
斜め前の古い建物も一緒に壊されていて、その様子を見守るみなさん。
古いものが壊され、街が再開発されるのは仕方がないのかも知れないけれど……なんとも残念です。
在りし日の"隘門"の姿は映画『モンガに散る』を見てもらうのが一番だけれど、ネットで写真を見つけました。
『モンガに散る』ニウ・チェンザー監督「イーサンとマークは台湾映画界の新たなスーパースター」(画像3/5)
リンクです↑出演者の頭の上にある赤い提灯のそのうえが廟です。
右端にはそこに上るための階段が見えます。
MOVIE WALKER PRESSさん。非常感謝!!
映画『モンガに散る』では「17歳で艋舺に来た 鶏のもも焼きで 極道になった」というセリフの後に"隘門"からスローモーションで飛び降りてきて、喧嘩に加わる周以文(モスキート)。そんなシーンがとても印象的でした。
その場所が壊されてしまったことによって、"隘門"はますます記憶にとどめたい場所となりました。
あ~あ、映画のままの姿を見たかった。
そしてあの階段を登って廟の神様を見てみたかったぁ~!
※艋舺"隘門"の在りし日の姿は中国語版Wikipediaにも載っていました。
"隘門"というのは狭かったり小さい門のことで、それを閉じることで外部からの人の侵入を防げるような、そういう中華圏の建築のことのようです。





