今回の旅行の準備不足を端的に反映しているのが、「旅程表」を書けなかったことだ。
0ではないが、メモ程度で、必要十分な情報を書き記すことは出来てない。
(もっとも、時間ない中で、準備やその過程を整理するには役立ったが)

旅程表は、いわば「旅のしおり」で、利用する便や宿、行き先やその予定時刻などを細かく記している(最初は手帳に書いたものを、あとからスマホのメモに写すのが流れ)。
予定通りに行かなくても、それをベースに修正を効かせれば、ロスを抑えられ、また臨機応変の変更も可能になる。
(「予定通りに行かない」こともまた旅行の醍醐味だろう)

毎回作るという訳ではなく、1,2泊で行き先が単体の単純旅行なら別に要らず、ガイドブックだけということもある。

旅程表は、不可欠の必需品という訳ではないが、行き先や移動が多岐にわたる旅の場合は、思い出したり確認する手間が省け、安心感をもたらしてくれる。
が、「清書」しようとしたら、既に当然旅程は確定の上で、時間の余裕がないとダメだ。
今回はどちらもなかった。笑

ただ、確定した(清書された)旅程表がなくとも、ある程度習慣とか考え方でカバー出来ている面もある。
旅程表を作ると言いつつ、別に「ガッチリ計画通りの」旅行に拘ってはいない。
何度も述べる通り、旅先はハプニングやうまくいかないこと、確認不足は付き物で、そこをどう対処しつつ楽しむかが「裏テーマ」とも言えるからだ。

だが、準備自体はする訳で、「行き当たりばったり」は基本ないし、旅行は「時間のフロー」で考え、また「始まりと終わり」を意識することが習慣付いている。
「確認不足」は常に発生し得るものの、「押さえるポイントの優先順位」は間違いにくくなり、情報整理の時間が不十分でも、ムダは少なくて済ませられる面もある。

抽象的な言い方になったが、こういうことだ。
「都市観光」は国内でいくつもこなしてきたから、自分なりのフローや優先順位があり、それは海外でも応用可能ということだ。
これは、実は旅程決めではかなりラクのできる部分だ。

これまた逆説的に、今回準備不足だったから気付けた部分でもある。