2014年4月22日(火) 第106カ国目 二度目のスーダン 





スーダンには、
首都ハルツーム以外は上水道がありません。

(キチンと浄化された水を上水道と呼ぶなら、おそらくハルツームにもそれはありません)

全てナイル川の水を国民自身が自力で濾過して使っているから、水はものすごく濁っていて
シャワーしたところで身体が本当にきれいになっているのか疑問に残るところはデカイ。
 
スーダン23 スーダン24

↑街のいたるところで濾過の光景を見る    ワタシが泊まったカリーマの宿の水はこれ↑

おそらく左のドラム缶が濾過前のナイル川の水そのもの
右が自力濾過後=これがシャワー用。




絶え間なく電気が来ることは、
蛇口をひねればとめどなく水が流れることは、
当たり前じゃない。



誰かが水を運んで濾過している、その手間と労力を考えたら
いくら宿代を支払っているからって簡単に水を無駄には出来なくなるよ?



この田舎町のカリーマは電気も水も充分じゃないけど、
ネットカフェも一軒しかない(しかも停電が多くてあんまり機能してない)けど、
それでも 人はみんな笑顔で溢れてる。

純粋に、今日という日を大切に生きてる。



ほんの少し英語が通じたおじさんがチャイを飲もうと自宅に招いてくれたとき
たくさん子供がいて、人数を聞いたら7人だって言った。
ワイフはひとりで世話していつも大変だよ、と。
8人を養うおじさんも大変でしょうに、愛おしそうに奥さんのことを心配して笑うの。


あればあったで贅沢に求めてしまいがちなワタシタチの生活だけど
その中で本当に本当になくてはならないものって、実はめちゃくちゃシンプルで
月並みな言葉かもしれないけど、
やっぱり 最後に残る究極の幸せって“人のぬくもり=愛”
なんだと思う。
もちろんそれは男女の愛だけじゃなくて
家族の愛や友情なんかも含む、人と人との間で成り立つもの全て。




時として、周りの愛情が自分に向いているのか不安になって、勝手に疑って、
感情をぶつけたり、ワガママを言ったり、わざと相手の気持ちを試したり、
自分の欲求を叶えてもらうことで相手の気持ちを量ってしまうこともあるけれど・・・

本当はそんなことしなくても、自分が思う以上に相手は自分を受け入れてくれていたりする。

不安に実体なんてなくて、一つ一つのことを丁寧にピュアな気持ちで思い返してみると
実はちゃんと真実がそこにあったりする。

そう思うと、疑って不安になる前にまずは自分と相手を心底信じてみることで、強くなれる。

信じることが、関係性を築いていくことの支えになる。


シンプルなことのようで、実際は一番これが難しかったりもするんだよね。




この街はそんな純粋な人々の信頼関係と、幸せと、笑顔で、溢れてる。






だから、旅はやめられない。



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