今回は海外のクソホテルについて語ってみようと思う。国内にもいろいろクソホテルと呼べる体験はあるのだが、めんどくさいことになりかねないので海外に限定した。

 

・香港

初めての一人旅で行った香港、泊まったのはもちろん重慶大厦だ。重慶大厦は香港島の向かいの半島にあり、かの有名な九龍城からも至近距離であり、スラムチックな見た目もそっくりである。複数のビルが繋がり、内部は迷路のようになっている。中には多数のホステルがひしめき合っており、古く遅いエレベーターで上へ登るほど宿泊費は安くなっていくのである。最初は4Fの階段でも行ける部屋に泊まってみたが、通りに面していて繁華街の爆音に悩まされたのだった。ベッドも日本では売っていないような小型サイズだった。しかしそれ以外は快適で、ホテルの人もとても親切だった。次は最上階付近の1500円ほどの部屋に泊まってみたのだが、インド系の宿のようで、ベッドに染み付いた体臭がきつかった。さきほどの部屋よりも狭く、シャワーとトイレは共同だった。

 

・高雄

台湾南部の都市、高雄には大小様々なホテルがひしめき合っている。雑多なエリアへ行ってみると、宿泊費の書かれた簡易宿泊所が見つかった。記帳を見ると現地のカップルの利用が多いようだったが、どうやらラブホも兼ねているようで、台湾ではこのようなホテルが最も安く泊まれるようだった。女の子を紹介すると言われたが丁重に断りマイルームへ。部屋はぼろく壁は汚くエアコンはなくとても暑い。裸になって扇風機を当ててやっと眠ることができた。

 

・ジョグジャカルタ

インドネシアの古都ジョグジャカルタは観光地なのでホテルはたくさんあったのだが、客引きに誘われるがままに適当な宿へ泊まってしまった。ホテルというよりも民宿といった感じで、家族が普通に暮らしている建物の一部屋に泊まることになったのだ。エアコンはなく、窓もろくに開けられず、暑すぎてなかなか寝付くことができなかった。それでいて大して安くないものだから、ちょっと失敗したなと思った。

 

・カオサン

クソ宿ひしめくバンコクのカオサンは、何度行ってもまともな宿にはありつけなかった。というより、安さの割には質が低いのである。日本人バックパッカーの聖地はとうの昔に消失しており、欧米系パリピの巣窟になっていた。ここを拠点に観光していたが、交通の便は悪く質が低いので次からは鉄道路線のあるエリアにした。

 

・シェムリアップ

アンコールワットのある町、シェムリアップにバスで到着。客引きに紹介してもらった適当なホテルへ。たった数百円でめちゃくちゃ広いダブルの部屋。繁華街からは遠いけど最高の宿だ。ところが、アンコールワットツアーの誘いがなかなかしつこく、途中から脅しになってきたがなんとか断った。翌朝、エントランスに行くと大勢の警察が泣いている白人女性を取り囲んでいた。宿の人に聞くと出産したとか言ってたが、どう考えてもそんな様子ではない。後で知ったが、シェムリアップには泥棒ホテルと言われる宿ぐるみで泥棒を働くホテルがあるそうだ。それに準じた犯罪、もしくはそれ以上の犯罪が行われたかのように見えた。

 

・プノンペン

バスで到着した場所はホテルの前だった。バスで一緒だった日本人は皆ここに泊まるというので自分も泊まることにしたのだが、エアコン付きで数百円ほどと驚くほど安かった。宿の名前はキャピトルというアジアで最も有名な連れ込み宿であった・・・。

 

・ニューヨーク

世界一物価の高い都市の一つニューヨーク。予約サイトを調べているとマンハッタンのチャイナタウンでゲストハウス並みの値段のシングルの部屋を見つけたのだ。行ってみると部屋は2畳ぐらいしかなく、小型ベッドでほぼ一杯であった。壁は天井に達しておらず、明らかに簡易宿泊所であった。男性専用のこの宿に間違えて予約してしまった女性がフロントに金を返せと怒鳴り込んでいた。宿の中国人はホテルのポリシーで一切返金できないと一点張り。途中、仲裁に入る人もいたが全く進展は見せなかった。

 

・アムステルダム

ニューヨークよりさらにホテルの高い街がオランダのアムテルダムだった。ゲストハウスなら1万以下で泊まれるが、シングルとなると15000円以上。円安の今はもっとするだろうか。そして部屋は狭く、隣は葉っぱの臭いのするコーヒーショップ・・・。アムステルダムという街はそれなりのお金を持って遊びに来るべきところであった。

 

・カイロ

エジプトのカイロは東京と並ぶ過密都市であり、ホテルも数えきれないほどあった。便利そうなオールドカイロで宿を歩いて探して見たところ、千円台の部屋が見つかった。建物はかなりレトロでエレベータは下手したら100年前のもの。レトロなものは好きだが、木製のエレベータはさすがに怖い。部屋でマクドナルドを食べていると、匂いにつられてネズミが入ってきた。結構ひっきりなしに入ってくるので参ってしまった。

 

・フェズ

モロッコのフェズといえば迷路の街で有名だが、入り口に近い宿に泊まることにした。安宿なのでいろいろと不便なのは仕方ないが、宿の人が薬をねだってくるのは困った。まだ若いのに歯がボロボロで鎮痛剤が欲しいというのだ。この国では働いているのに歯医者にも行けない人がいることに驚きを隠せなかった。

 

・ハバナ

キューバの首都ハバナに遅い時間に到着、空港から近めのホテルにタクシーで向かった。ビーチに近いそのホテル、おそらく革命前に建てられたもので、数機あるエレベータがひとつしか稼働していなかった。プールも過去にはあったようだが今は使われていないようだった。キューバ到着初日に社会主義国家の洗礼を受けたのであった。

 

・ガヤ

インドのガヤ駅に夜に到着したのだが、駅前にはあまりホテルが見当たらなかった。高そうなホテルはパスし、安そうなホテルの値段を聞いて見たけど意外と高い。もっと安い部屋はないか聞いて見ると屋上に案内された。そこにはベッドが並んでおり、風は筒抜けなので野宿と変わらない場所だった。さすがにこれはきびしいので、シングルルームにしたのだけど、木の上にスポンジが敷いてあるだけのベッドで、シーツも何も無かった。皮膚病にならないことを祈り宿泊することにした。

 

・アグラ

インドにおいてデリーに次いで気をつける街はアグラである。地球の歩き方で十分に予習したつもりであったが、アグラ駅到着と同時に客引きにつかまり宿に連れて行かれた。ロビーで複数のインド人に囲まれ、リクシャー貸切ツアーを勧められたが、とても安かったので承諾してしまった。このリクシャーマンがたびたび小銭をねだってくるのだった。タージマハールなどの有名どころを見終わり、宿に戻るとなんだか熱が・・・。それは良くないということで無理やり宿を変えさせられたが、蚊がうじゃうじゃいる酷い宿だった。熱がどんどん上がるので病院で診てもらうことになったが、ただちに入院しろという。そこは外国人専用の病院で、半ば強引に入院させて治療費を保険から支払ってもらっているようだったが、デング熱の可能性もあると脅されて入院を余儀なくされたのだった。熱が下がるまで点滴で過ごし、血液検査からも何も出てこなかったので無事退院となった。入院中も毎日のようにリクシャーマンが来てお金をせびってきたが、ことがことなので手持ちの現金をいくらか渡した。少ないと言われたが、家族への電話ではめっちゃ喜んでいるように見えた。電話越しで子供がチキン!チキン!と叫んでいたぞ。憂鬱なアグラの日々は退院と同時に終わりをむかえた。