紙魚の手帖 シミノテチョウ -32ページ目

紙魚の手帖 シミノテチョウ

本のことやら、書くことやら。

今はぼんやりと、休みつつ書いていてネットのアツい波からちょっと離れてみている感じです。

ほんと、どんどん書いてバンバン更新してグングン人気が出たらいいんだけど、まあ、それは無理なんで自分は自分だなーと。「人はひと、自分は自分」を百万回くらい言い聞かせるわけですね。


地元新聞の毎週日曜日に地元の作家の系譜を紹介する記事があります。

ここ数週間は、高橋克彦さんをめぐるその前後の作家さんたちの話でした。

なかに、高い才能を認められていたにもかかわらず、筆を折ってしまった作家のエピソードが載っていました。


その方は、克彦さんより年齢は下だけれど、デビューは先。なかなか芽の出ない克彦さんに、最終的にはどうしても取りたかった直木賞を先に取られてしまう(その方は受賞せずにおわった)。


その悔しさやストレスから体調を崩すのだけれど、「悪いのは体だから、クスリを飲めばいい」と心のことは無視して、かなりな量の薬を飲んでいたとのこと。

結局五十代で早世してしまうのです


嫉妬や羨望と闘うことの困難さを突き付けられました。

「自分のほうが勝っているはず」という思いこみはなんの根拠もないことです。

たとえ自費出版であっても本を出したことで「自分は作家です」と名乗れるような図太さがワシには無いです(いちおう電書デビューしてますが、重荷といえば重荷)。


そして、本日。

竹宮恵子先生の本のことが載っておりまして。

かつて、トキワ荘のごとく存在した、大泉サロンについても書かれてあると新聞にありました。

大泉サロンには、竹宮先生・萩尾先生を中心にした少女漫画家のあつまりでした。

詳しくは、こちらを参照のこと。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%B3%89%E3%82%B5%E3%83%AD%E3%83%B3


竹宮先生からしたら、早熟の天才・萩尾先生の存在は大きかったと。


竹宮先生クラスでも、そうなのか。

そりゃ、萩尾先生いまだに現役でバリバリ書いてるものね。


もうレベルが違うよ……と思ったら、自分なんてホントちっさいわーってなってます。


ほんと、自分のやれることをするしかないのだと。ちっぽけながらも思いました。


プロですら、葛藤しているのだと知ったのならば。