紙魚の手帖 シミノテチョウ -28ページ目

紙魚の手帖 シミノテチョウ

本のことやら、書くことやら。

今年のカレンダー、三月は2011と同じです。


本日は県立高校の入試の日。五年前も同じく入試でした。

違っているのは、五年前には地震があり高校入試が一時中断したことです。


3.11だけ地震があったように思われるでしょうが、二日前の水曜日3.9にも大きめの地震がありました。

のちに、それは東日本大震災の前兆だったといわれました。

津波警報も出たと思います。


3.10の地元紙のトップは前日の地震、それにともなう下校する小学生の写真。

いまだに忘れられない。

父はなぜか発電機を直していた。



3.11、午前中に愛車のガソリンが少ないので給油しなきゃとおもったけれど、忙しくて午後にガソリンスタンドに行こうと予定を変更。

二時過ぎ、いつもは家の上を飛ばない水鳥の群れが飛び去る。

兄として

「地震が来たりしてな」

などと軽口。


しかし、その一時間後。

立っていられないほどの揺れ。

直後、カーステレオのラジオは沈黙。すぐに復帰したIBCから地震の速報、余震に注意、津波に注意……。

そしてまた、大きな揺れ。鉄筋の作業場がまるで捻じれるように揺れる。電柱が大きく揺れる。


揺れがおさまってから、娘を学校に迎えに行く。余震が続く中、体育館に全児童が集められていた。

ランドセルを背負った小学三年生、それが当時の娘。

私の顔を見て、ホッとした様子だった。


完全に停電。

実家は、前日父が直した発電機が活躍していた。


その夜、ラジオから聞こえたのは


『陸前高田市、消防署・警察署応答なし』

『仙台若林区に数百の遺体』


これは、SFか。



続きは、のちほど書けたなら。