和歌山城天守閣を目指します。


表坂ルートで天守閣へ

石垣に囲まれた道を登って行きます。

車椅子や足の悪い方用の道もあります。

忍者が助けてくれて、車椅子を上まで押してくれてました。おもてなしの術を使うそうです。

ここの石垣は隙間がないタイプ

急階段を登り切ると平坦な道に

そして、また急勾配。山頂まであと少し!

天守閣が見えて来ました。

天守閣と逆方向の階段を登ると、天守閣の撮影ポイントがあります。ここは本丸御殿跡のようです。

そして、再び天守閣の方へ行けば到着!

入館ゲートを通って天守閣へ行きます。


天守閣到着!

天守閣から西の方の景色

紀ノ川が見えてます。その先は海。

改めて和歌山城の立地は良かったんだなと思える光景です。

大手門から入り、直角に曲がる道とか、広い場所は上からよく見えるとか、攻め入ったとしても攻撃される道ばかり。天守閣までは勾配が急で、攻めるスピードを落とすことが出来る。しかもクネクネ道が曲がっているので、攻めるの難しそうです。

よく出来たお城です。


そして、このお城は暴れん坊将軍で有名な徳川吉宗がいたお城。小さい時からそう聞いていました。

今年の大河で驚きの事実!

和歌山城は、豊臣秀吉の命で、豊臣秀長が建てた城なんですね。しかも、築城責任者は築城名人の藤堂高虎!徳川家が建てた城って思ってた。


天守閣には展示も色々あります。

鎧兜やら巻物やら着物やら武器やら

何でもあります。


その中で目を引いたの火縄銃


和歌山には銃の戦略が得意だった雑賀衆がいました。津田監物算長が種子島領主の種子島時尭から鉄砲を一挺譲り受けて、根来に帰ると芝辻清右衛門に鉄砲を模作させたそうです。それ以降、粉河、雑賀にも普及していったと云われてます。そして、早くから鉄砲の連射を考えだしたのが雑賀衆です。


今回、和歌山城に行って雑賀衆に興味湧きました。今回は秀吉に水攻めされた雑賀衆の本拠地である太田城には行きませんでした。雑賀衆を調べて、また和歌山に乗り込もうと思いますウインク


つづく