さっきまで吹いていた風がいつの間にか止まっていた。
テラノバットが吐いた炎は、サキの目の前に現れたオーロラのような現象の前で消滅していく。
「熱い…くない?」
「バカな、焼けないだと!?」
効いていないと確認したテラノバットは一度息を吸い込んだ。まわりの視界を歪ませる陽炎がなくなり、サキの顔を見る。
「まもりの霧か…?そうなるなら、レンジャーの下っ端になるんだな、貴様は」
「僕は何も…オーロラ…今の?」
「惚けたからくりってんなら、コントロールはできないだろうが!」
再び大きな翼を羽ばたかせ、地面が揺れるような雄叫びをあげる。
「っ!!音がッ!」
大音響によって耳が壊れそうになる。思わず耳を塞がざるを得ない。その隙を狙ったかのように勢いよくサキに目掛けて飛んでくる。
もうだめだ、と思った一瞬、テラノバットの右翼にネットのような物が絡みついた。
「ぐわっ!」
ズザザァッ!
不安定になった飛行は足を引きずるように着地した。
「…!まだらくもいと…!」
右翼に気を取られ呟いた次の一瞬に
「ドラゴン斬り!!!」
首が落ちる。
絶命した魔物はすーっとミスト状になり消えていく。その横で、二本の剣を鞘に納めるタビコがギラッとサキを睨みつける。
「あんた…!見に来たらやっぱりこれ!何やってんのよ!」
ずんずん近づくタビコに気圧され、その場に座り込んだ。
「…すみません」
「何が」
「あったんじゃないかなって、そう思えて」
「だから何がさ?」
「僕は本を読むことと、この畑で働くことしかできないので」
「十分じゃない?」
「出たんですよ、オーロラみたいのが。見えませんでした?」
「知らないわ、それより二人ともここにいても危ないわ。その子もね」
「そうでしたね」
「タビコ様、村の状況は?」
「敵も手薄になったから来れたのよ。案の定よ、来たら」
「心配かけてすみません…」
「ええ、ご自慢のトマトは心配ご無用の様ね」
くるっと背を向けて歩き出すタビコを追うように、サキも立ち上がる。
「ラミアさん、その子を台車に乗せて先に戻っていてください」
「サキ様?」
「トマトも採りますが、カカシ様も」
「ああ、お母様からの…」
「ええ」
そう言い残し、急いでトマトの収穫をする。さっき突然に消えた風が、ゆっくりと元に戻り始めた。
全て収穫し終えると、畑のど真ん中に立ててある縫い跡だらけのカカシを引っこ抜き担ぐ。
「今日も守ってくれたのですね」
カカシに向かって語りかけた。
アズランの村では、すでに戦闘は終わっていた。傷だらけになった兵士や住宅の方から来た冒険者達が手当を受けている。
「ここ最近、やたら活発では?」
「風は吹いております」
「ですが!」
「存じております」
「魔王は滅び、風送りの儀は無事に終わりました!それもミルネア様!貴女が!」
「存じていると、言って?」
眉間にしわを寄せ、不満な表情を浮かべたエルフの老人は部屋を後にする。
「風は…吹いております」
一人で呟くエルフの婦人の名はミルネア。
アズランの村では年に一度、風送りの儀を行う。アズランの村は清き風によって魔障から護られている。その清き風を毎年呼び込むために必要とされる儀式だ。
それを行うための「風乗り」になったのがミルネアである。
冥王は遠い昔に滅ぼされた。しかし魔障での影響は今でも続いていた。そして近頃、魔物達の残党の活動が活発化してきている。原因や目的などは、どの大陸でも知る者はまだいなかった。
トントンッ
「入りなさい」
静かに音を立て、ドアが開く。
「失礼します、ミルネア様」
「ヨハン殿、兵士の手配ご苦労であった」
「はっ、兵士達の日頃の訓練の成果も発揮できたかと」
「それは良き事で」
「良き事は、1つだけではないようです」
「申してみよ」
「はっ、ツスクルの者からこのような書物をお預かりしたのです」
「…それは?」
「私も、まだ目は通してはいないのです」
風が目覚める時は近い。
2話終わり