今、祖父が原発問題で大きく揺れている大間町の町立病院に肺がんを患い、入院中です。

昨日、これまでの大部屋から個室に移されたとの事で、多分、今月いっぱい持つかどうか…

うちの母をはじめ、家族の意向は無駄な延命処置はしない、自然に死を受入れるという事の

ようです。


さて、祖父はわたくしめが小さい頃から東京へ出稼ぎに来ておりました。

夏場の昆布、定置網の忙しい時期だけ下北へ戻り、その他の時期は都内で現場仕事をするという

典型的な東北の出稼ぎです^^


わたくしめは祖父・祖母にとっては初孫ということもあり、とても可愛がってもらいました。

特に祖父は物心つくくらいから、上野動物園やすぐ目の前にある子供遊園地などにしょっちゅう

連れていってくれたように記憶しています。

また、学校に入るくらいからは長期休みの度に祖父にくっついて下北で休み期間のほとんどを

過ごしていたくらいです。


急行十和田号が祖父のお気に入りの列車w

青森への帰省時はほとんど、十和田号を利用していたように思います。

当時の夜行急行はかなりの混雑で、自由席などは乗車率150%はあったんじゃないでしょうか?

わたくしめも通路に新聞を引いて寝たり、少し大きくなってからは先に上野に行き、並んで

席取りをしたように記憶してます。


そんな小さいときの思い出がたくさんの祖父

大正生まれにしては体格も良く、元気だった祖父が立つ事も歩く事も出来なくなっているなんて

想像できませんが、もう80も超えればそうなっても不思議はないんだよな…


残念ながら、本州は北の果てにある大間にはおいそれとは行けないですし、仕事もそれなりに

あるので最期を看取るのは難しいかと思います。

でも、死に顔くらいはちゃんと見に行こうと思います。

まだ入院して頑張っている時に演技でもないかも知れませんが、これが現実。


11月の頭にはまだ取っていなかった夏休み(特別休暇制度)を使って、お見舞いに行くつもり

でしたが、その前に忌引を使うことになってしまうのかな!?


何とか頑張って、11月まで待ってもらえれば看取ることも出来るかも知れないので、小さな希望

ではありますが、そこまで頑張ってくれる事を期待しましょう^^


という事で、いつ何時、青森までの運転をしなくちゃいけなくなるかわからないので、当面の間は

禁酒です(笑)