こんにちは。
最近目覚ましを4つ置いても起きられないまみりんです

目覚ましを消した記憶がないと思ったら、
どうやら自然に止まるまで放置しているようです…
もっと大音量のを買わなくては(><)



さて、前回和歌山の三段壁洞窟についてお話しました*

三段壁洞窟は昔、熊野水軍の船隠し場でした。
そして熊野水軍は、弁慶のお父さん・湛増が率いて
壇ノ浦の合戦で源氏の勝利に貢献した水軍であります!


しかしこの壇ノ浦の合戦で湛増さんはかな~り迷っていたのです!!


それは、源氏方につくか平家方につくか!
元々は平家方としてやっていた湛増。
けれど、息子の弁慶は源氏方で、源氏につくようお願いされた…
どうしたらいいの…



そこで、湛増は「あること」をしてどちらにつくか決めるのです!
それは一体何でしょうか?三択クイズにしてみました。

①小川に源氏方・平家方に見立てた2そうの笹舟を流して競争させた
②源氏方・平家方に見立てた鶏を戦わせた
③あみだくじ




正解は…次回!!


ヒントは

和歌山県JR紀伊田辺駅

(駅前にいた弁慶さん)


の近くにある神社です!



「御土居」とは1591年に豊臣秀吉によって外敵の襲来と、洪水から京都を守ることを目的に作られた京都を囲む土塁です。台形の土塁と堀からなり、その距離は22.5kmもありました。

御土居の外側を洛外、内側を洛中とよび、要所には七口を設け洛外との出入り口としていました。現在も残る「鞍馬口」や「丹波口」といった地名はその名残です。しかし、平和な江戸の世の到来と共に、その役割を失った御土居は堤防の役割をしていた部分を除き次々と取り壊されてゆきました。かつて洛中を囲んだ御土居ですが、現在は一部を残すのみとなっています。




先日、今も残る御土居の何箇所かに行ってきました。

まずは平野御土居。

平野御土居は北野天満宮の北、京都市北区平野鳥居前町の住宅街の中に残されています。

こちらがその御土居。写真に写っている家と比べるとよくわかりますが、本当に大きいです。


続いてこちらは鷹峯にある御土居史跡公園。ここでは御土居の上に登ることができます。

下から御土居を見上げてみました。なんかもうそびえ立つ壁みたいな感じです()



巨大な御土居を目の当たりにし、秀吉の権力の強大さというものを改めて感じました。

御土居で囲まれた安土桃山時代の京都はどんな感じだったのでしょうか・・・。



今回紹介したもの以外にも北野天満宮、大宮交通公園など他にも何箇所かでその姿を見ることができます。 興味のある方は是非どうぞ!


ボロブドゥールは、その建築自体が仏教における「三界」を現しています。


一番下の段は、欲界(煩悩の世界)
次の段は、 色界(悟りを開こうとする世界)
最上部は、無色界(悟りを開いた世界)


になってます(^_^)
そして、その段ごとに、レリーフが異なるのが面白いところ(^_^)!


これが欲界のレリーフ



顔が少し怖いですね。
人を恨んだり噂をしたりしてるところ。

これは色界のレリーフ。



雰囲気が変わってます。



そして、上に上がると、




たくさんのストゥーパー!♡
悟りの世界です。

上は、ぐるぐる回れるようになってます。
3回無言で幸せを祈りながら回ってお参りすると、幸せになれるそうです☆


ガイドの人に聞くと、インドネシアの人にとってボロブドゥールは、日本のディズニーランドのようなものらしい(^ω^)!


行ってないと学校で友だちにバカにされるので、皆行きたがるそうです☆

私もこれで、インドネシアで自慢できるかな(*^o^*)♡



感動のボロブドゥール!
皆様もぜひ!



オマケ。笑