おつかれさまでーす!!

今日も始まりました唐津漫遊記は、久しぶりの唐津ぶらぶら日記でございますニコニコ

本日の唐津ぶらぶらは、毎日 毎日鉄板の上でやかれている

魅惑のスイーツキラキラたい焼きでーす!!!


本日、ご紹介するのは唐津市刀町にあります

『恵比須鯛焼 はな田』 さんでございますラブラブ!


材料は国内産にごだわり、しっぽまでたっぷり入っている餡は鯛焼ファンにはたまりません!!(≧▽≦)

唐津の方で食べたことがないというめずらしい方がいらっしゃいましたら、ぜひこの機会に食べて見られてはいかがでしょうか?うお座 

鯛焼きはナント!! 100円ニコニコ 黒あん 白あん こしあん

まだまだいける!? アイス最中 150円

などなどがあり、とっても大満足合格なお店ですラブラブ! 


写真が上手くとれませんでしたねガーン

いやはやなんともショック! ・・・でも、とってもおいしかったですよ!!



ただいま唐津観光協会ATA事業部では唐津市内在住の有志の方々が集まって勉強会を開催しながら唐津にお越しになるお客様をご案内する唐津よかばいガイドというものがあります。

「唐津んよかまち よかところ~」という唐津市内の散策コースを7コースもうけております。

ガイドさんはみんな唐津について詳しくかつおもしろく方言を交えながらのたのしい時間を過ごさせてくれます。ぜひ この機会に遊びに来られてはいかがでしょうか。 新たな唐津を知るチャンスです!!


唐津についてくわしく知りたい方や唐津よかばいガイドについてはこちらから ↓

唐津観光協会

http://www.karatsu-kankou.jp/

唐津よかばい旅倶楽部

http://www.yokabai-tabiclub.jp/index.html


おつかれさまですニコニコ

ナント!!『唐津城築城400年記念 唐津城の藩主たち』は最後の1家になってしまいましたショック!

最後は小笠原長昌ではなく、唐津城最後の藩主であります小笠原長国をお送りしたいと思います。


『唐津城築城400年記念 唐津城の藩主たち』・・・・・・・

小笠原佐渡守長国 編

文化14年(1817)水野氏が遠州浜松へ移ると、陸奥国棚倉の小笠原長昌が唐津藩士となりました。

小笠原家は天正10年(1582)に徳川家康の配下となり、徳川家の譜代大名となっていました。長昌が唐津藩を拝領したときは水野忠邦が総高1万6千石を幕府に上知した後でしたので、当初から財政難で出発しました。

財政難は、このあとの長泰、長会、長和、長国までつづきました。

長国は、天保12年5月長和の死後、養子として唐津藩を襲封しました。長国は、小川島の捕鯨を藩営として財源の拡充をはかったり、唐津和紙の増産のために楮百万本を植えつけるなどをして産業の育成に努めました。

安政5年(1858)からは、小笠原家初代藩主長昌の子長行が長国の名代となり、目安箱を設け広く意見を求めるなどして藩政を行うようになりました。長国と長行の存在によって、派閥の対立を生じたが大事には至らなかった。明治2年(1869)版籍奉還、知藩事となり藩政改革を行う。明治3年、一揆を鎮圧。明治4年、廃藩置県により長国は東京へ去り、文禄年代に創設された唐津藩は徳川幕府滅亡とともに270年の歴史に幕を閉じました。


以上です。 

(唐津市 からつ歴史考 引用)

いかがでしたでしょうか? かなりかいつまんで話を進めてきたので、分かりにくいところもあったとおもいますが、そこは愛嬌でにひひ 

詳しく唐津の歴史について知りたい方にオススメなのは、唐津市内在住の有志の方々が集まって勉強会を開催しながら唐津にお越しになるお客様をご案内する唐津よかばいガイド!!!

「唐津んよかまち よかところ~」という唐津市内の散策コースが7コースございます。


じっくりくっきりわかる合格ガイドさんと巡る唐津の歴史目 

ご堪能あれ!!!


唐津についてくわしく知りたい方や唐津よかばいガイドについてはこちらから ↓

唐津観光協会

http://www.karatsu-kankou.jp/

唐津よかばい旅倶楽部

http://www.yokabai-tabiclub.jp/index.html

おつかれさまでーすニコニコ


本日も手短に唐津つれづれ日記の方を書きたいと思います。


『唐津城築城400年記念 唐津城の藩主たち』・・・・・・・

水野和泉守忠任 編


宝暦12年(1762)土井氏が下総古河へ移ると、三河国岡崎より水野和泉守忠任が唐津藩の藩主として転封になりました。郡の1万石が幕府に上知され唐津藩は6万石となりました。

水野氏は、代々三河国に住み、天文10年(1541)水野忠政の娘、於大を松平広忠に嫁がせました。この於大が生んだ竹千代が後の徳川家康でした。そこで水野家は江戸幕府が誕生すると、家康の母方の家柄として、徳川政権と深いかかわりを持つことになりました。

忠任が、唐津に転封に要した費用の補填など財政難を乗り切るため藩政改革に乗り出しましたが、農民の反発をまねき明和年間の凶作とも相まって、明和8年(1771)に虹の松原一揆が起きたりしました。忠任の時代は、浜崎の大火で165軒が焼失したり、明和7年(1770)には鏡神社が焼失したりしました。


唐津藩5代水野家藩主 4代目水野和泉守忠邦は天保の改革でも有名ですよねニコニコ

水野氏は4代55年間、唐津を治め、藩財政立て直しのため種々の改革を行いました。虹の松原一揆という農民を中心とする人々の反発も受けたりしました。しかし、幕府の天保の改革では、唐津藩での改革がひな型になったといわれています。


以上です。  

(唐津市 からつ歴史考 引用)


ただいま唐津観光協会ATA事業部では唐津市内在住の有志の方々が集まって勉強会を開催しながら唐津にお越しになるお客様をご案内する唐津よかばいガイドというものがあります。

「唐津んよかまち よかところ~」という唐津市内の散策コースを7コースもうけております。

コースの中には、唐津ん町の石垣浪漫と旧高取邸などがございます。

ぜひ この機会に時代をタイムスリップしてみてはいかがでしょうかラブラブ! 

ガイドさんのここでしか聞けないとっておきの話などがありますよひらめき電球



唐津についてくわしく知りたい方や唐津よかばいガイドについてはこちらから ↓

唐津観光協会

http://www.karatsu-kankou.jp/

唐津よかばい旅倶楽部

http://www.yokabai-tabiclub.jp/index.html