こんにちは!!


今日も元気にブログを更新したいと思います。

本日は昨日とはテーマを変更いたしまして、唐津の歴史!?について、話たいと思います。

かいつまむ予定なんで~汗 ヨロシクお願いしますべーっだ!


『唐津城築城400年記念 唐津城の藩主たち』・・・・・・・ 

寺沢志摩守広高 編

唐津藩初代藩主寺沢志摩守広高の父、藤左衛門は、織田信長の家臣であったが天正10年(1582)本能寺の変で主君信長が明智光秀に斃された後、豊臣秀吉の側近として仕え、大和国6万石を領しました。

幼名を忠二郎といい、のち広高と称する。天正15年(1587)の島津攻めや、天正18年(1590)小田原の北条氏攻略には父とともに参戦しました。

天正17年(1589)従5位下に叙任され志摩守と称しました。文禄の役(1592)には父と共に肥前名護屋に赴き、総軍艦御船奉行(輸送担当)の要職につき、名護屋城築城には加藤清正と普請を担当しました。豊臣秀吉の信任が厚く、文禄4年(1595)に波多三河守親の旧領地の代官を命ぜられ、唐津に入府しました。志摩守は、関ヶ原の戦いなどの戦功により十二万三千石の大名となり、唐津城の築城、松浦川の改修、虹の松原防風林の植樹、新田開発などをおこないました。  

                                              (※唐津市 からつ歴史考 引用)


かなり、かいつまんでしまいましたが汗


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つづきはまた次回に!! ヾ(@°▽°@)ノ