私の熊野詣も最終日を迎えた。

 

 朝から川湯温泉をゆっくり満喫し、11時過ぎに町営の大門坂駐車場に到着。

マップを広げて移動と滞在時間をざっくり計算してみると、徒歩で往復した場合、ゆうに4~5時間はかかりそうだ。那智大社辺りで歩くのは仕方ないとしても、同じ景色を眺めながら往復するのは時間がもったいないと考え、大門坂の途中まで上って引き返すことにした。

 「日本三大古道のひとつ」とか「今も残る中世の石畳」といった魅惑的なフレーズに後ろ髪をひかれなくもないが、その謳い文句を鵜吞みにしていては、この辺の温泉宿でもう一泊してしまい、それこそ熊野古道観光振興計画の思うつぼなのだった。

 昨夜の至極の温泉と夕食バイキングが頭をよぎったが、心を鬼にしてカメラバッグだけしょって歩き出す。

 

駐車場からしばらく歩くと大門坂の入り口が見える

 

修験道だということを忘れさせる里山の情景にふと目を奪われる

 

 実をいうと、今回の視察の目的のひとつに「茶屋」があった。現在開発を進めている「うすき祈りの回廊」のルート上で、歴史や風情を感じながら喉を潤せるようなうまい演出ができないかとひそかに考えていたのであった。かつては、田染荘でも展望所茶屋構想に想いを巡らせたこともあったが、その時は新規移住者が近くでカフェを開業したばかりだったので即座に中止した。

 中辺路での三軒茶屋は当てが外れてしまったが、那智大社の参道沿いにある老舗「大門坂茶屋」ではガイドブックなどでも良く見かけるし、平安衣装のレンタルも人気のようで楽しみである。

 期待に胸をふくらませながら店の前まで来てみると、思っていたのとずいぶんイメージが違うような…

 建物はごく普通の住宅。喫茶店という雰囲気でもなく、しーんと静まりかえった店内は店員の気配すら感じない。てっきりお昼前なので観光客でごった返しているに違いないと思ったのだが、ランチメニューすら見当たらなかった。

 

大分にいる時から気になっていた大門坂茶屋だったが

 

縁側のスペースに並ぶ有名人の記念写真とサイン

 

 旅は自分の思い通りでないところが楽しい、と自分に言い聞かせながら大門坂茶屋をあとにした。ちなみに「大門坂」と呼ばれるのは、この辺りに那智山系曼荼羅に描かれていた仁王門があったからだそうだ。どうして門を移したのか理由は分からないが、登り口にそびえたつ夫婦杉から267段の石畳と杉並木の参道が始まる。

 

この日も多くの参詣者が大門坂を歩いて那智大社を目指す

 

 まもなく右手に九十九王子最後の多富気王子跡が現れる。私も結果的に六つの王子を訪れてみたものの、どれも見た感じ地味な史跡ばかりで、スタンプ集めが唯一の楽しみになっていた。「うすき祈りの回廊」でスタンプの図柄にこだわったのは正解だったと思う。

 

登り口からほど近い位置にある多富気王子

 

 思った通り、夫婦杉や多富気王子を過ぎると変化の少ない一本道が続く。

 

熊野古道のキービジュアルはココが撮影スポット

 

 ガイドブックの写真と目の前に映る杉並木を照らし合わせながら石畳を歩いた。

木と石のカタチがシンクロしたところで足を止め、駐車場へと引き返す。

 車で残り道を駆け上ると、上の方は食堂とお土産屋、有料駐車場がひしめき合っており、観光バスも多く乗り入れられていた。大きなリュックを背負って歩道を歩く欧米人の姿も目立つ。コロナが第5類になるのは連休明けらしいが、インバウンドは一足早く回復したようだった。

 

民間の駐車場に停めるとそこから歩かねばならないので、一番上にある神社の駐車場を利用した

 

標高約500mに位置し熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)を御主神とする

 

本殿左手には八咫烏を祀った御縣彦社(みあがたひこしゃ)

 

神武東征の際に天皇を大和の国まで道案内したと云われている八咫烏

 

こちらが礼殿。約1700年前に御瀧からこの地へと遷したらしい

 

「熊野三山ハイライトコース」参拝者の多いスポットほどインクが薄い説

 

 熊野那智大社の礼殿にて参拝を済ませてスタンプを押印する。残りの青岸渡寺でひとまず「お気軽コース」はコンプリートとなるわけだが、今回のように数が少なすぎては達成感もそんなに湧いてこない。といいつつ、距離が長すぎても、参加意欲が削がれてしまってはそもそも意味がないので…改めてコース設定の難しさを痛感した。

 

大門坂から移された仁王門。裏側には一対の木造狛犬

 

仁王尊は湛慶作(1213年)

 

熊野那智大社の本殿に隣接する青岸渡寺本堂

 

那智山は1600年前にインドの僧裸形上人によって開基

 

如意輪観世音菩薩を祀る本堂は豊臣秀吉が再建

 

 最後のスタンプを押そうとしたところで、「西国三十三ケ所一番札所」の説明書きが目に入る。終わりとともに現れた始まり。これも天啓なのだろうか?

 四国遍路から熊野古道、そして「次の巡礼」へと導かれた気がした。

 

欧米人ばかり。何組分のカップルにシャッターを押しただろう

 

今回はこの景色を拝めただけで充分満たされた気がした

 

 良く考えてみれば、外国人には日本のゴールデンウィークなど関係なく、ようやくコロナも明けた上に清々しい気候なのでFITが多いのも無理はない。私にとっても久しぶりとなる長距離移動の旅で、中辺路を歩いたこともあって、今回はかなり疲れた。 

 通常であれば、この勢いのまま紀三井寺へ向かっていただろう。しかし、二番札所どころか目の前にある那智の滝と飛瀧神社にさえ行かなかった。それは、もう一度この那智大社に来てみたいという思いが脳裏に一瞬よぎったからだった。

 

 

 

 

 でわ!