競り師:〽ヤレー 

     バナナ1本のカロリーは 卵三個の価値あるとー ♪

     〇〇病院院長の 〇〇博士も言うたげな ♩

 

男性客:「おじさん、数は多かばってん、それ腐っとりゃせんねえ」(野次)

 

競り師:「何、これが腐っとる。これが腐っとるごと見ゆんないば、お前の目が腐っとるけん。そこの先の杉山っていう目のお医者さんのおらすけん、目の修繕ばして貰うて」

 

女性客:「ありがとうございます、うちの宣伝までして貰うて」

 

競り師:???

 

女性客:「杉山の家内です」

 

一堂:(笑)


 北部九州では誰もが一度は耳にしたことのある「バナナの競り売り」。ユーモアに満ちたテキヤの口上、聴衆との笑いにあふれるやりとりは、渥美清演じる「フーテンの寅さん」を思い浮かべる人も多いだろう。昭和生まれの我々に刻まれた懐かしい記憶であるが、日本にはもっと古い時代から、放浪しながらモノを売り歩く人たちがいた。そのルーツをたどっていくと、私が今研究している熊野比丘尼や絵解きガイドに行き着くという。そんなバナナ。いや、馬鹿な。

 

 

 『絵解き万華鏡』

 

 (編著:林雅彦、発行:三一書房)

 

 明治36年、当時日本領となっていた台湾からバナナが門司港へ入荷され始めると、輸送中に籠熟れしたバナナを早急に処分する必要があった。そこで生まれたのが「バナナの競り売り」。明治時代に人気を博した旅する見世物小屋ともいうべき「のぞきからくり」で歌われる「覗きからくり節」を応用して、「バナちゃん節」が考え出された。「〽ヤレー」ではじまる七五調の歌は、ベースとなる歌詞はあるものの方言でも変わり、ほぼアドリブで歌い続けられていたようだ。冒頭で紹介したようなアクシデントが生まれることもしばしばで、想定外のことをプラスに変えられる能力が必要とされる。筆者と対談に臨んだ北園忠治氏は、芸の道すなわちこの職業の難しさを次のように語っている。

 「何とか販売できるとこまでこぎつけた後継者が一人いますけれど、まだそれ以上の芸がないわけですよ。つまり、即興的にパッと言葉が出てこないし、そこまでになるにはまだ五年や六年かかると思います」と。

 加えて印象に残ったのが小沢昭一さんとの2章にわたる対談だ。小沢さんと聞くと、独特な話芸とともに40年近く続いたラジオ番組のイメージが強いが、地方に埋もれた放浪芸や大衆芸能への造詣が深く、特に絵解きに関する見識の広さや鋭い考察力にはたいへん驚かされ、ドキュメント作品『日本の放浪芸』のことも知ることができたので、是非ともその貴重な音源を聴いてみたい。

 

 絵解きは、朝鮮半島や中国、中央アジアにも分布しており、インドのボーパでは夫婦による民謡の歌に子どもの踊りが加わる。他にも皿を使った曲芸や呪術的なものなど、解説・説明を盛り上げるための演出や芸がセットになっていたのは、そのあとに行われる物販の売り上げに大きく影響するからだろう。

 ちなみにテキヤは香具師(てきや・やし)と書き、薬師(やし)と同語だった。薬草販売が収入源である薬師(香具師)は山伏に近い存在で、医者や祈祷師も兼ねる宗教家であったようだ。昔は飴も薬と見なされていたので、紙芝居などで飴が売られていたのも言われてみれば辻褄の合う話である。

 

 本書では、寺社を中心に伝わる物語性・説話性のある絵画の内容や思想を当意即妙に解説・説明することを絵解きと定義し、説教・唱導を目的にした文芸・芸能であるとも。その絵解きの「絵」がなくなり、独自に発展していったものがバナナの競り売りや、亀の井バスの女性バスガイドによる「地獄めぐり遊覧」なのだという。

 いささか飛躍しすぎではないかと思うが、筆者の分類によると絵解きとは

(1)経典類や教理に基づく説話画

  「法華経曼荼羅」「十界図」「六道絵」など

(2)釈迦の伝記を用いた説話画

  「涅槃図」「仏伝図」など

(3)国の始祖・高僧の伝記を描いた説話画

  「聖徳太子絵伝」「弘法大使絵伝」「法然上人絵伝」など

(4)寺社の縁起・由来・霊験・案内を描いた説話画

  「立山曼荼羅」「志度寺縁起」「紀三井寺参詣曼荼羅」など

(5)軍記物語に題材を得た説話画

  「京都六波羅合戦」「源義朝公御最期之絵図」「三木合戦図」など

(6)物語・伝説に題材を得た説話画

  「右衛門三郎」「小栗判官一代記」「小野小町九相図」などに分けられる。

 

 巻末には東北から九州にかけて、九十七箇所にもおよぶ絵解きゆかりの地(絵解き資料が保存されている、絵解きが行われていた・現在も行われているなど)が紹介されているので、今後の来訪に期待を膨らませながら、読書ノートにメモを記しておいた。

 ひとまず、福岡県高瀬町の満福寺「御正忌」や愛媛県松山市の文殊院徳盛寺「右衛門三郎」など近隣地へ、絵解き旅に行ってみようと思う。

 

 

 

 

 でわ!