物は劣化していきますが、思い出は美化されていきます。
何が言いたいかというと
物を買う事ではなく経験を買う事の方が遙かに価値が大きいと言う事です。
一万円で買った物は数年後には劣化してゴミ箱いきですが、
一万円で買った経験は一生涯の思い出と自己成長という目には見えない資産となります。
ただあまり気付いている人はいないように感じます。
例えば僕は割とオシャレが好きな方なので沢山の洋服にアクセを買っていました、
欲しい!と思ったら迷わず買っていた訳です。
しかし、欲しい=必要、ではないですし、欲しい=満足度が高い、でもないんです。
もちろん買った瞬間は満足しますが、まぁ一瞬ですよね。
逆に何処か行きたい!って思った時にすぐに行ける人ってどれくらいでしょうか?
これ意外にあまりいないと思うんです。
物の価値を重んじて体験の価値を軽んじているからです。
行きたい、いつか行こう!数年後まだ行ってない。
はよくあるパターンですよね。
物も体験もそうですが基本的に買い物って実際に買って手にするまではその購入物の持つ本当の価値ってわからなかったりします。
数値的な価値の話ではないですよ?
数値的な価値は市場価格のままなので、自分が満足する価値の話です。
なので大概の人は価値が数値化されている【目に見える物】を買う事を選んでしまう訳です。
ただ自分がしぬときに、思い出す光景は沢山の購入物でしょうか?
しんだ事がないから100%とは言いきれないですが、きっと今まで経験してきた出来事や誰かの温もりと言った、全てが目に見えない体験の方だと思います。
しぬ時に『ロレックス買ったなー、ヴィトンも買ったー、世界限定の○○も買ったー、幸せだったな』、こんな事思うでしょうか?
まぁ思わないと思いますが、仮に思ったとしたらそれが幸せだというのは中々凄いです。
しかし逆にしぬ時に『世界一周行ったなー、大好きなあの人と美味しいものも食べに行った、意思を下の世代に託せた、幸せだった』、どうでしょう?
何となくでも体験価値の大きさが伝わったかと思います。
そしてそもそもですが物をどれだけ買っても人間としての器は大きくならないですからね、数々の経験を買って、器を大きくして、物も買えばいいんじゃないかなーと思う訳です。
今更ながらですが大事だと思っていた物なんかも大量に捨ててみてそう感じました。
今手元にあるお金もバシバシ体験に変えていこうと思います。