*この「広州、桂林、陽朔、香港 」は4回に分けて記載しています。よければ1からお読み下さい。
旅データ:
◆期間:2004年年末 ~ 2005年年始
◆場所:広州、桂林、陽朔、香港
◆費用:10万円ちょっと (個人旅行です)
◆人数:2名
●瑠璃川くだり●
散々文句を言っていた割には2人ともぐっすり眠ってちょっと早起きな朝を迎えた。
今日は待望の瑠璃川くだりの日なのだ。
今日ももれなく寒い。
できるだけ着込んで川下り終着のヤンシュオが気に入ったらそこに泊まれるように全ての荷物をもって乗船。
この川くだりは同民族がまとめられる、私たちは日本人船に乗せられた。
どこへ行っても全く日本人に会わなかったのだが、ようやくここで出会った。
時期がじきだったのかお金持ちそうな年配の方が多かった。
同じテーブルには酒好きのお金持ちそうな奥様とそのだんな様、品のいい老夫婦、
スイス銀行で働いていているという面白いおじさんとその息子。
なんともお金もちそうな人々に囲まれこの船旅をすごす。
すきを見てはお菓子やアクセサリを明らかに高い値段で運んでくる関係者。
もっと面白いのはものすごくほっそいイカダを豪速で漕いで我等の船の窓にはりつき次から次へと
胡散臭い置物などを取り出しては最高に素敵な笑顔とジェスチャーで船内の私たちに売ろうとしている地元民。尊敬のまなざしを向けてしまった。そんな光景を絶対見たことがないだろうおばさまが「まぁ、危ないわぁ」というと「彼らは生まれたときからずっとあのようなことを繰り返しているから大丈夫」と中国人。
私はどんなに仕事がつらくても、日々の生活が楽しくなくなっても彼らに比べたら
(自分の価値観においてだが)数倍幸せな自分の人生に感謝した。
生まれて死ぬまであんな寒い川の上をほっそーいいかだを必死に漕いで観光客の船に張り付き笑顔を振りまいて胡散臭いものを売る毎日・・・・。私にはできない。
(彼らが幸せであるか不幸せであるかの判断はできない。あくまでも文明社会に生まれ生活
している私には無理だということです)
でも日本人は彼らをみてかわいそうとか言いながらものの質からいくと法外な値段で「買ってあげていた」。
彼らの作戦勝ちである。きっとその辺で一生懸命働いている人たちよりよっぽどいい生活をしているんだろうなとも思った。
同じテーブルのおじさんが笑顔に負けて買ったへんなくまの置物はまっすぐ立たなかった。
その微妙ながたつきがまたいいなどといっていたが。
そういうと友人が街でバラを売っている子供がスターバックスでコーヒーを飲んでいてびっくりしたという話を聞いたが、それに近いものがあるなぁと思った。
川の上なので寒さが厳しい。きれいな景色かあたたかい船内。・・・完全防備でデッキへ出る。
ウーロン茶のCMにもなった景色、それは非現実世界です。
図ったようにおじさんが船を漕いでやってくる。あまりにも絵葉書的でその完璧ぶりにわらけてきた。
もうこの川くだり描写をはじめたら止まらないので割愛。正午が近づくと船内でランチ。
このたび最高の笑顔を見せたイカダにのった兄ちゃんが丁度我テーブルの窓にずっと張り付いていたのが忘れらない。
終始、圧巻の墨絵景色が続いた川旅も終着点がやってきた。
この時期、水かさが減っているのでいつもの終点ヤンシュオ(陽朔)までは行かない。
ということでこの終着点からはただでタクシーでヤンシュオまで行ってもらった。
●ヤンシュオ(陽朔)●
ヤンシュオのカフェなどが立ち並ぶ一番の中心どおりにあるYHAにチェックイン。
YHAのスウィートに泊まってみました。っていっても一人700円くらいだけど。
とてもきれいだった。早速、街へ繰り出す。カフェラテが普通においしくて感動した。
(YHA スイート)
民族的なアクセサリ等を販売する店も同じ並びにあるのだが非常におしゃれ。
ぶらぶら買い物をしていたら今晩見にいくショーの時間がすぐに迫ってきた。
おもちゃみたいなバス(バスとタイのトゥクトゥクを足して割ったような乗り物)
に乗って会場へ向かう。こちらへ来て知った自然が舞台のショー。
あたりの岩山や川が舞台なのだ。
岩山が突如ライトアップされてショーは始まった。
出演者、600名ほど。さすが中国、人資本の舞台だった。大人数が赤い布を持って川上を
走り回る。陸では民族衣装で歌を歌う。舞台が広すぎてどこを見ていいのか
判らないくらいスケールの大きな舞台だ。
最後は全員が電光スーツに身をまとい川の上に現れる姿は息をのみます。
川の上だというのにまるで陸のようにちっちゃいいかだで自由自在に動き回るのも超人的で雑技団に負けません。
なんせ「感動」のひとことです。
かなり寒かったがその寒さを忘れるくらい熱い感動が体を支配します。
興奮しながら行きに乗ったのと同じバスに乗り込むと後ろに年配の日本人のガイドをしている割と日本語が
流暢なお兄さんがいた。
バス中その中国人のお兄ちゃんと喋っていて今晩鍋パーティをするからこないかと誘われたのに、
いつもよいこの時間に寝る癖がついてしまい眠気に負けた。
せっかく現地人との楽しいナベパだったのに。あーあ、いい人だったのにな。
●ヤンシュオ2日目●
次の日の朝、適当な時間に起床してとりあえずチェックアウト、
荷物を預けて目の前のカフェでアメリカンブレックファーストを食す。
普通においしかった。なんか別の国にきているようだった。
それにしてもここヤンシュオは大変英語が通じるので便利だ。
ヤンシュオはおしゃれなカフェが立ち並んでいるかと思えば
ちょっとはずれると歩いて桂林川くだりのような岩山風景に
出会える不思議で私好みな街。この旅、一押しの場所だった。
カフェ街を抜けると昔の中国を残したとおりにでる。
そこを抜けてきれいな岩山をバックに流れる川元へ下りていくと女の人たちが川で洗濯をしていた。
(桃太郎ではありません)洗濯物をたたきながら川の水で洗っている。
そんなことできれいになるのか?と疑問を持つ洗浄方法だった。
彼女たちの手は拷問を受けているようだろうなと思うとまた尊敬の念が生まれた。
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桂林と聞くと真っ先に「水墨画」が浮かんでくることと思う。でも「桂林」全体がそうであるわけではありません。
有名なウーロン茶のCM撮影に使われた場所やよく
写真でみる岩山と川の絶妙な様が何キロにわたって続きそのゆるぎない圧倒的な景色に言葉を失うのは郊外に
ある瑠璃川くだりをしてはじめて目にできるだけで桂林の街自体は地方都市で微妙です。
美しいところも多々あるのですがこの整備しきれず妙に近代化させた中途半端な感じが
絶賛できない理由かもしれません。
西洋人が好んでいくヤンシュオの方が断然お勧めです。宿も安いし歩いて楽しめる。
日本人は大体桂林に滞在して川くだりのついでにヤンシュオによって
4時間くらいで帰ってしまう人が多いようです。ガイドブック等の影響ですね。
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今日もヤンシュオの街を歩いて探索したり正月準備をしている店をみながら
時間はあっという間に過ぎてしまった。
晴れていたらサイクリングなどすると最高の場所なのでお勧めしたい。
そうこうしているうちに桂林へ戻るバスの時間が近づいてきた。
とりあえずご飯を食べようと適当に入ったお店で北京から一人旅しているという同い年の中国人の男の子と仲良くなった。
微妙な中国語を店員に喋ったばかりに友人がトイレに行っている間に
「中国語が喋れるのか?」とすごい勢いで喋りかけられて
ものすごく困っていたらにこっとその男の子が振り向きこれまたつたない日本語で
「日本人ですか?」と聞いてきたので「そうだよ」と答えるとさっきのわけのわからない中国語を
今度は流暢な英語で訳してくれた。
それをきっかけに同席してバスの時間ぎりぎりまで喋っていた。
たった30分ばかりの出会いだったが今でも仲良くしている。
彼を残してちょっと離れたバス停へ猛ダッシュ。
なんせ乗り遅れると今度は広州行きの夜行列車に乗れなくなる。
必死だった。なんとか予定していたバスに間に合い無事桂林へ向かう。
夕方だったので景色がよく見えないのが残念だったが惜しむように窓外を見ていると
突然大声で電話するおじさんの声がさっきまで静かだった車内に響き渡った。
そんなことはお構いなしに喋り続けていた。
かなり早めに到着したので列車で食べるようにパンなどを買い込み駅へ向かう。
今日は大晦日だ。
あーヤンシュオで中国人やトラベラーたちとニューイヤーを楽しみたかったなとかなり後悔したが
夜行列車は年末年始や春節は満員で取れないという情報を入手していたので何も考えずあらかじめ切符を押さえていた。
●夜行列車 桂林-広州●
何とか変更を試みたが満員で不可能だった。
とにもかくにも広州行きの夜行列車に乗り込む。
私たちは硬臥というレベルの席というかベッドで3段ベッドが2個で一部屋のようになったタイプにしていた。
ちなみに3段目だったのでよじ登らなければならず・・・。しかも同室は香港の子連れ2組。
6人ひと空間が小さい子を連れていたので8人ひと空間に。
ということで通路に座っていたら見るからに怪しい男がこっちをずっと見ている。
目は血走り頭はギトギト。絶対、今晩盗むものを物色しているんだと直感的に思ったら本当に真夜中盗みに来たらしい。
たまたま友人の足をその男が触ってしまい、かかんにも友人が日本語で叫んだので逃げて行ったらしいが。
(そのとき私は爆睡中。友人いわくものすごく怖かったらしい)
朝、結構ぎりぎりになって起きだして(なんせ一回下に降りるともう一度ベッドへ帰るのは一苦労)
通路で朝ごはんを食べていたら下段のお子達も起きだしてやたらこっちを見ているので
遊び相手になっていたら異常に愛されて投げキッスを50回以上はいただいた。
お母さんも「日本一番!」ととても好意的であとは広東語でよくわからなかったが
しばし日本語―広東語で交流していた。
とても金持ちそうな集団だった。彼らは香港へ帰るらしいことだけはわかった。
広州につくとみんなで「ここよ!」と教えてくれた。
男の子は列車の降車口までずっと見送ってくれた。
もちろんキスをしまくりながら・・・。どんな大人になるんだろう。心温まる列車旅だった。
●広州●
広州は散々危ないと聞かされていた。
特に列車駅は治安がよくないと。ちょっとだけ気を引き締めて改札を通ったが別段不穏な空気は感じられなかった。
広州1泊目はまぁまぁいいホテルをヤンシュオから予約していた。
立地は最高だった。駅からは結局タクシー20台くらいに料金を聞いて同じだったので
一番最後に聞いたタクシーに乗り込んだ。
「日本人だー」といっておやじがわさわさ集まってきたときはちょっと恐ろしかった。
そういうとホテルに電話をかけようと公衆電話にカードを突っ込んだまではよかったがあまりにもおくまで吸い込まれ
抜けなくなって必死に取り出そうとしていたら周りに死ぬほどルンペンさんたちが集まっていて私たちをみて大爆笑していた。
すごい光景だった。友人は怒っていたが私はおかしくて仕方がなかった。
続く

























