高知県美市香北町にアンパンマンミュージアム o(*^▽^*)o
前回のブログで簡単に紹介しましたが、ここは子供専用の施設のようで
作者の 「やなせたかし」 さんの記念ミュージアムでもあり、 前回のブログはこちら
どちらかと言えば、博物館的な要素が強い場所でもあります♪

大きなアンパンマンの原画やイラストがあったり、
アンパンマンの誕生に関する資料などが展示されています。
これが想像以上に面白かったので、その一部を紹介してみますね!!

実はこの下のイラスト… 驚きですが、
これが一番最初のアンパンマンだとか \(◎o◎)/!
顔はアンパンではなく、人の顔で、
アンパンを配る人だったそうな (笑) 1969年の作品です。

そして1973年になると…
アンパンマンの顔は今の顔に近づきアンパンに ヘ( ̄ー ̄)ノ
この時期は 『アンパンマン』 は全く売れなかったそうです。
そんな中で作者のやなせさんが書いてた言葉としては…
しかしおぼえておいてほしいんだ。世界中でたった一人ぼくだけは熱烈な君のファンだよ。
たとえ誰も喜ばなくても、編集者は反対しても、僕は君の話しは書き続けるよ。

なんだかスゴイ。自分が書いた物語の主人公に話しかけて、
とっても深い思いが伝わってきますね♪ このミュージアム!どんどん惹きつけられる!!
下の写真は1973年のもの v( ̄∇ ̄)ニヤッ
ここで!「自分が傷ついてこそ行えるもの」 と
お腹が空いて困った時に、自分の顔を食べさせてあげるスタイルに (*´∀`)

そして1977年に、連載が決まったそうな (>∀<)ノ

そんな連載が決まったアンパンマンですが、
今のような人気作品になるには、色々と苦労もあったようです。
その中でも、この 『やさしいライオン』 と言う絵本が売れたのが
アンパンマンが世の中に広がるキッカケだったそうで、
やなせ氏は、「アンパンマンはライオンから生まれたようなものだ」 と言っています。

でも周りからは・・・
こんな絵本はやめなさい、どうしようもない駄作と多くの人から言われたそうです。
でも、やなせ氏は 「人生はいつも解らない。未来のことは解らない」
「誰も認めなかったこの絵本を、最初に認めたのは誰だったのか?」

それは2歳から5歳までの子供たちだったそうです (>∀<)ノ
編集者の人たちは、「こんな作品」 と言ったけど、
「この作品の本質を見抜いたのは純粋な先入観のない子供たちでした」
そして 「アンパンマン好き!」 の声が広がり出し、奇跡が起き始めたのだとか!

そして、何にもない白い紙の上に、
ジャム、バター、チーズと生まれて行った (^◇^) そして・・・

でも何かが足りない… 光に対する影、影がないと光もない!
ハ行で笑う 「はひふへほー」 別れる時は 「バイバイキーン」
そして最後には、「アンパーンチ」 でやられるバイキンマンの登場です。
このような過程を経て、徐々に徐々に子供の大ヒーロー 『アンパンマン』 が
完成して行ったのです。う~ん、実に興味深いミュージアムです (^_-)-☆