岩崎城、ここでの戦いがカギだった! | 旅人間の「旅と食べ歩き」ブログ

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日進市(愛知県)で「小牧長久手の合戦ゆかりの地」を探索♪


愛知県日進町、ここに小さなお城、岩崎城 (・o・)

    展望台として再建されたのが1987年と新しい事もあり、

  愛知県の方でも、この場所にお城があることを知らない人も多いと思います。

       でもこの城は歴史的に大きな役割を果たした城だったんですよ♪  

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現在は小さいとは言え、立派な天守閣になっていますが、

   当時は砦のような城だったと思われます。(゜-゜)

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この現在の岩崎城は、基本的には展望台的な用途で使われていますが、

   すぐ隣には併設して歴史資料館もあり、この地域の歴史が詳しく説明されてて

  そう… ここでは 「岩崎城の戦い」 と書かれていますが、

     これこそが、秀吉と家康が戦った 「小牧・長久手の合戦」 のカギとなった場所。

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小牧長久手の合戦は、最初… 犬山城と小牧城でにらみ合いが続き、

   秀吉軍が、手薄になっている家康の本拠地の岡崎城を急襲しようと別働隊を出し、

      現在の愛知県犬山市の方面から、岡崎市まで約2万の軍勢を向かわします。

  その道中にあった城が、この岩崎城 (・o・) 

     軍勢の数から言っても勝てるはずのない戦いで、

       しかも城を任されていたのは、16歳の丹羽氏重と言う人物。

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16歳で立派に将なとして、丹羽氏重は自ら討って出て3度も敵を撃退しますが、

    しかし、やはり多勢に無勢… 結果、わずか3時間で落城してしまいます。(;゜0゜)

  3時間と聞くとあっけなく感じますが、

      この3時間の間は、壮絶な戦いが繰り広げられたとか…

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この岩崎城を攻めた羽柴軍の大将、池田常興は、

    想像以上に岩崎城攻めの被害があったので、少し兵を休ませる事に。

  この休憩が、この 「小牧長久手の合戦」 の羽柴軍の最大の敗因の一つと言われ、

       兵を休ませている間に、後ろから徳川家康の軍勢が迫り、

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そして、羽柴軍は… 家康の本拠地である岡崎城に到着する前に

   長久手で家康軍と直接対決となって行くのです。   長久手の古戦場に関しては、ココをクリック

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後に家康は、丹羽氏を現在の豊田市に1万石の大名として

   この時の功績を称えます。16歳の将として戦った丹羽氏重は戦死しています。

  現在、この場所を訪れると、大きな戦があった場所とは思えないほど静かな場所。

      もし日進市に来たら、ちょっと岩崎城まで足を運んでみるのも良いかもしれませんね♪ 

          

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「岩崎城」

場所:愛知県日進市岩崎町市場67 地図はココをクリック
   岩崎城の公式ホームページ