長久手の色金山!家康の床机石♪ | 旅人間の「旅と食べ歩き」ブログ

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長久手(愛知県)で「小牧長久手の合戦ゆかりの地」を探索♪


1582年に織田信長が本能寺で倒れた後、

    1584年、羽柴秀吉(豊臣秀吉)と徳川家康の小牧長久手の合戦が起きます。

  この戦の最大の見せ場は、家康の本拠地である岡崎城を急襲する 

      「中入り」 と言う羽柴軍の作戦にあります (^_-)-☆

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極秘に進められた羽柴軍の作戦は、徳川軍に見破られており、

    羽柴軍は岡崎城に到着する手前の長久手と言う土地で、徳川軍と戦に。

   結論から言うと、この戦は羽柴軍の大敗北に終わるのですが、

      徳川家康がこの戦で本陣としたのが、この 色金山 だと言われ、

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この山には当時 「八幡社」 があり、

   家康が勝利を祈願したと言われていますが、今は石碑のみが残っています。

      その写真が、上の写真ですね (・o・)

  
  この戦では、羽柴軍は約2500人、徳川軍は約550人もの死者が出たと言われ、

     ここに慰霊碑が立てれています。

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さて、色金山を登って行くと…

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途中で沢山の石仏があり、

   これも長久手の合戦で亡くなった方を供養するものなのでしょうね。

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さて、頂上までくると!!

   そこには少し大きな石が置かれています (* ̄∇ ̄)ノ

      実は、この石こそ!!!

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そうなんです♪この場所に徳川軍の本陣が置かれ、

    この石の上に徳川家康が座り、軍を指揮したと言われています。

   今現在では、この石の事を 床机石 と呼び、

       この石に触れると、運気が上がるとも言われています v( ̄∇ ̄)

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この戦には徳川家康は完全に勝利しますが、

    政治的な戦略で、天下の流れは羽柴秀吉の方へと転がって行ってしまいます。

   でも、秀吉が死ぬ時まで徳川家康の立場が不動であったのも、

      その後家康が天下をとって江戸幕府をひらくことが出来たのも、

        結局は、この戦の勝利あってのものだったと思います。

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ふぅ~ 頂上には展望テラスがあり、ここからの景色は絶好です (* ̄∇ ̄)ノ

    この景色の方面が 「長久手の合戦」 のあった場所で、
 
   遠くに見える小高い山のような場所が、以前ココで紹介した 「御旗山」 ですね。


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当時と景色は随分と違ってしまっていますが、

    徳川家康も、この場所から戦を見守り、天下への野望を持っていたのかと思うと

   何だか、この場所に立ち景色を見てると、元気が湧いてくる気がします。

      天下人の足跡をたどるってのもまた、パワースポットなのかもしれない♪



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「色金山」

場所:愛知県長久手市岩作字色金37番地1 
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