
【テーマ1】.なぜ台湾だったのか:台北で過ごした三年間
早い話が母親が台湾人、父親が日本人でハーフだった私にとって
台湾はもともと身近な存在でした。しかしながら完全な日本育ちで
母親が日本語に堪能であったことから完全な日本語育ちで中国語は全くだめ
台湾と接するのも旧正月に台湾に遊びに行く程度
改めて台湾を見つめ直したのは小学校5年生から3年間
母親と共に台北に住んだことがきっかけでした。
3年間過ごすことで中国語もしっかりと学び
漠然となんとなしに知っていた台湾を身をもって感じました。
南国のトロピカルフルーツに陽気で情熱的な台湾の人々。
日本人よりも日本のことを知っていて
時にはこっちがびっくりしてしまう程の親日さを
目の当たりにして台湾が好きになりました。
帰国後も大好きな台湾をもっともっと
日本に伝えられないかなと思うようになりました。
それが後に日台の活動に携わるきっかけになったのですが。
台北で過ごした3年間が私の日台交流活動の源なのです。

【テーマ2】.日台と私:キャンパスライフ
時は早いもので気が付けばここにいるみなさんの中で一番の古株となりました。
私が日台と関わったのは第2回の本開催の時から大学1年生の夏18歳でした。
大学の掲示板で台湾人との食事会のイベントに参加したのが日台を知ったきっかけ。
1週間の大交流会である本開催を経て国際交流活動に強く興味関心を持って
気が付けば翌年は代表として台南の成功大学で
開催した3回目の本開催の運営を行いました。その後もご存知OBとして関わらせていただいてます。
今の現役のみなさんは毎週定例会をやっていてすごいなと思います。
私が代表だったときはスタッフも本当に少なくて
定期的な定例会もろくに開催できませんでしたから。
色々なことをひっくるめるとこの活動に携わってよかったと心から思いますが
実際に在籍して代表だった当時は大変なことも多々ありました。
でも台湾と日本の間にたって交流するんだ。
もっと台湾をひとりでも多くの日本人に伝えるんだ。
そんな想いが叶う日台はやりがいたっぷり
良くも悪くも私のキャンパスライフそのものだったのです。
日台OBOGが日台について考えた~後編~へ続く
高見浩彦






