仕事には週6日で行っているけど、大学は夏休みなので多少時間があります。
勉強の復習をしなきゃ……と思っていたのですが、知らぬ間に時間は過ぎていきますね。
勉学をおろそかにしている言い訳ではありませんが、
今年の夏は、いままで生きてきて初めて戦争について真剣に考えました。
きっかけは、
引き揚げ中の混乱で暴行を受けた女性に関する記事です。
http://hogetest.exblog.jp/4979697/
衝撃でした。人間のすることじゃないと思いました。
しかし、友人に思いを話したところ、
「日本だって、同じようなことをしていた」
という答えが返ってきました。
たしかに次の日の新聞の同じ連載には、日本軍の一員として中国で蛮行を行った人の話が掲載されていました。
しばらくして、NHKの「日本の、これから~若者達が語る日韓の、これから」を観ました。
なごやかに話していた出演者たちが、歴史の話になって言い争いになりました。
たしかに私たちは、日本の近代史や戦争についてのことを知らな過ぎると感じ、まだすこしではありますが、韓国の歴史、戦争加害者としての日本について書かれている本を読み進めています。
知らないことばかりでした。いままで知ろうとしてこなかったことでした。
知る前と知ったあとでは、毎日の景色や日本以外の国に対する見方が変わりました。
戦争に関しては、原爆の悲惨さばかりが強調されてきたように思います。
もちろんそれは、変わることのない事実です。
でも、日本が、国内で、諸外国で行った人間の所業とは到底思えない蛮行もまた変わることのない事実なのだと受け止めなければなりません。
残念で悲しくて申し訳なくて信じられなくて、呆然としました。
大げさに言えば、自分自身を含め日本人の性根に失望し、恥じ入りました。
でも、そんななか今年の4月に秋田県に 「花岡平和記念館」が有志の手で建てられたことを知り、すこしだけ救われました。
このことがどんなに大変なことだったかは計り知れませんが、たとえもし戦争を知らなくても、こういうカタチで被害者に報いる方法があるのだということを知りました。
正直、戦争に関する事実は、日本がかかえる財政問題よりも、後世に生きる人たちにとって負の遺産だと思います。
当時の戦争を、またその事実を、実感を知らない世代は、諸外国にその責任を強く問われることで追い詰められ、不当な憎しみを抱く危険性をはらんでいるように思います。
結果として、意味のない殺し合いを行なう悲劇を繰り返したくはありません。
実際に戦争を知る人は、もうすくなくなっています。あまり時間はありません。
国だったり会社だったりの組織として動くのに時間がかかるのなら、個々人でもいいし、自分たちの家族や孫たちのためだけでもいい。被害者の人たちに、心から謝罪してほしい。
そしてそのうえで、まだもうすこし生きていくだろうわたしや同世代の仲間たちは、新しい未来を、日本を、ひとりひとりはとても小さく微力ながらも、世界(地球)のなかに放り込んで、もう一度考えて支えていかなければならないと感じています。




