1ヶ月ちょっと前に受けた
わたし自身の”素質を知ってその後どうですか?”というお話と
新規で家族の素質を教えていただく。
以前に教えてもらってから度々
自分の素質分析結果を見返しては
相変わらず”自分”とは何なのかを考える。
最適な条件、必要なものを全て備えて
この世に生を受けるのだと
そういう話も耳にすると
良くも悪くもコレが”自分”なんだと
認めざるを得ないというか
受け入れた方が楽、というか
ただ、そういうものなのだ。
という所に行きつく。
素質分析のいい所は
「統計学上、こうなっています」
とロジカルに結果が出ることかな。
占いも統計学らしいけど
より合理的な印象を受ける。
そんなことも踏まえて家族の分析結果を聞く。
大きく育ったひとり目は
そのまんま過ぎて笑ってしまうくらい。
小さい頃からわたしのワガママに付き合わせてしまっていて
教育や福祉関係の仕事をしている周りの人に
「子どもらしくないから無理してるんじゃない?大丈夫?」
と心配をされることも多く
そんな風には見えないけど...と思いながらも少し気にはなっていた。
けれど、全くの杞憂で全て生まれ持った素質そのままだった!
あと「上手に育ててるね」と言われた部分も本人の素質そのままで
人の成長に上手いも下手もないやん的なことを言ったら
「持っている素質をそのまま出せる環境であることも大切」と
amiさんに言ってもらえて嬉しかったです。
ありがとうございます。
とほっこりしつつ
謎多き成長途中のふたり目の素質はやっぱり謎で。
自分と違いすぎて軽くパニックでしたが
「どんな素質を持っていても使い方次第で人生の助けになる」
と教えていただいたので
自分と違う生き方をするであろう
その姿の本質を見失わないように心に留めておこうと思います。
自分のことについて考えるのは大好きで
今までも嫌というほどやってきたから
自分のことについては目に見えにくい部分の特徴が
”特徴”として認識できたくらいだったけど。
逆に他人については”そういう人”と受け取って
特に分析したりだとか変わってほしいだとか
あまり考えたことがなかったので新鮮でした。
結果として基本的には今まで通りの対応でいいかな
と少し自信を持てたのも嬉しい収穫。
個人的な1番は、amiさんと雑談中に出た
「兄弟姉妹を”平等に”育てるのは”公平さ”に欠ける」
という言葉。
よく親が言う「同じように育てたつもりなのに...」というセリフは
親という生き物のエゴでしかないなと
改めて感じました。