(前の続きです)
移住先で新しい仕事(期限限定の契約社員)も見つけ、新しいスタートを切りました。
仕事は自分に合ってるのかして楽しく、順調に行っていました。
やはり時々スイッチが入り過食してしまいましたが、気分はそこまで重たくなく、充実した毎日を送っていました。
その時わかったことは、この症状は食べる量とかよりも(もちろん常人よりは明らか多いですが笑)、食べた後どのくらい後悔してしまうかってことが重要な問題なんだってことです。
飲み会等で明らか食べ過ぎてしまっても、「あ~楽しかった♪」「美味しかった!」って思えたのなら、特に苦にならなかったです。ただ、後日の過剰運動は変わらず実行してましたが(--;)
そしてその仕事も契約期間が終わり、親の要望で再び実家へ帰り、そこから新しい仕事を始めました。
その時は移住先でのこともあり、もう大丈夫だろうと思ってました。
しかし、過食はそう簡単に治るものではありませんでした。
再び症状は悪化。身体を良く動かす仕事にも関わらず、普段の食事量は極小。夕飯はほぼ無し。仕事後の過剰運動。なにより、心の余裕が無くなって、毎日が死んでいました。
因みに、移住先でも過剰運動や食事制限は普通にしてましたが、毎日が楽しかったので、心の余裕はありました。
これはもしや実家やこの土地環境が合わないのでは…?と思うようになってきました。
しかし厳格な親です。この前の移住を許してくれたことが奇跡なくらいです。流石に今回はもう無理だろう。。
自分ももう良い年なんだから、親から離れて行っても不思議じゃないはず。恐らく皆さんもそう思うはずです。
だけど、それが簡単にはいかない家なのです。昔から親の言うことは絶対で、兄弟みんなその通りにしてきました。それに反対する兄弟は決別し、行方を眩ましていきました。
大家族ですが、現に半数近い兄弟は決別しています。
実家から出ていきたい思いはありましたが、それを言ったら間違いなく決別しなければいけません。
自分にはそれができず、むしろ決別することに疑問を持っていたので、そのままこの苦しい生活をずるずると続けていきました。
その時ふと思ったのです。親に摂食障害のことを話してみようか、と。
今までこの事を話して理解してくれる人は当然いませんでした。「食べなければいいだけ」「男のくせに」「甘えだ」「病気のフリするな」
そんなのばっかでした。
友人も理解できないようで、軽くネタみたいに飛ばされました笑 現代病とはいえ、やっぱり実際になった人しかわからないんだって痛感、それ以来摂食障害のことは一切人には口にしてきませんでした。
そして、思い切って親に摂食障害かもしれないことを話してみました。
次では打ち明けた後の親の反応、その後について書きます。
因みに今は安定してきています。
自分は過食期やその後数日間はなるべくマスクをして過ごしています。
それは、過食して浮腫んだ顔を見たり他人に見られたりするのが(一部の人をのぞいて)苦痛だからです。マスクをしていると安心します。
そのおかげかして、同室の同僚が風疹にかかってしまったのですが、自分はピンピンしています( ̄▽ ̄)サスガマスク!
