楯ヶ崎(風間 優)
2010.12.30
ここから神武は本州に上陸したらしいい・・
尾鷲からまたR42をはずれ3桁国道に・・R311
ここは キ の国
鬼、木 そして紀の国
楯ヶ崎のパークで一休み
とあるが昔は1~9まであったのかもしれない、普通は鬼というのは政権にはむかうものによく使われる言葉だが、神武はここから本土に上陸した、上陸した地点がキ ここにおけるキ=鬼とは神武を守り給う人々の総称ではないのだろうかもしくは国津神に対する勢力を鬼と呼んでいたのかもしれない、だから天津神、アマテラスの子孫神武に協力した勢力なのかもしれない、そんな国だからキの国 紀の国なのかもしれない。
と、空想をめぐらす。
ちなみに国津神とは
アマテラス以前の神である、
わが祖、大国主らがそうである
天津神はアマテラスなど
譲られたと神話でなっているが
ま、征服された神々である
ま、いいのだが
だから、国津神の神社で
伊勢神宮のような、参拝はいかがなものか・・・
と思う・・・
まあ、日本はやおろずの神の国だから、
みんな、アマテラスの下と思ってはけない
前は自分も
二礼二拍手一礼をしていたが
やめた・・・
これは天津神の作法である。
だから、どこでも
昔ながらの
パンパンと拍手を打って、お辞儀
これを2度繰り返す。
ま、これは、日記によく書いているが
国津神(出雲系)はもともとは縄文軽の流れをくむものだと思っている
今でこそ、出雲大社の社殿は低いが
昔は、荘厳な高い社殿がそびえていた
これは、古来のウッドサークルが変化したもの
ウッドサークルはストーンサークルに由来
それが社殿に変化していった。
この出雲系は縄文の古来の神だと確信したのは
三内丸山で6本の柱跡が見つかったとき。
確信した。
ちなみに、自分に流れている血は 和人、弥生系の血の方が多いだろうが
心は縄文人、和人に下げすまれた、蝦夷だ・・・
蝦夷は縄文系の血を濃く残す人々である。