無人島、仕事、ウガンダ
気づいたら、夏が終わりかけてる今日この頃だけど、元気ですか?
オフィスを抜けだし、無人島サバイバルキャンプに行ってきました。
瀬戸内海に浮かぶ、小さな島で3日間。
電気なし、水道なし、ガスなし、食料ちょっと。
小さなテントに、7人身を寄せあって、雨をしのいだり、
朝ごはんのおかずがなくって、ウニをとってきたり、
銛でタコをしとめてくる人、ご飯に塩だけで過ごす日も。
蒸し暑いテントを抜けだして、寝袋にくるまって見あげた星空とか、
真っ暗な夜、さざ波を聴きながら、焚き火を囲んで語ったり・・・。
・・・ヒールに馴れたと思ってた足が、砂浜に埋もれていくのが気持ちよかった。
この島には、コンピューターも時計も自動車もコンクリートの建物もないけど、
空をぼーっと見あげたり、潮風をすって、輪になって笑える。
「何もない」ことが、「何が本当に必要なのか」のヒントをくれるのかもね。
会社勤めになって、学んだこと、覚えたことは数知れないけど、そのなかで
忘れていくことも多いんだ。
9月、債券決済はいつもより忙しい。
試験勉強ばっかで、思うように動けなかったり、目まぐるしく動く日々のトレードに
ついていけなかったり、人と比べて、焦ったりもする。
けど、自分と比べなきゃよね。
そう思うと、面白いかもって思える瞬間ができた。
尊敬できる人たちに囲まれてることに、ありがとう、って思える。
そんでもって、どんなに忙しくても、自信なくしかけても、
今まで大切にしてきたこと、人、これからの道なんかは、ちゃんと持っていこう。
というわけで、明日から、しばらくウガンダに戻りまーす!さらば☆
(NICE無人島キャンプ、来年もやるのかな?ぜひぜひおススメです♪
そして、企画メンバー、佐賀のみんな、お疲れさま&ありがとう!)
目まぐるしさの中だけど
梅雨だねー、曇り空だねー。 みんな元気ですか?
昨日やっと名刺をもらいました!無事に試用期間が終わるといいんだけど(ドキドキ)。
最近ようやく、でーんと構えて仕事ができるようになりました。ふうぅ。。
ちょっとでもまちがえたら、数十億、数百億の損失につながる。
数分の遅れで、決済ができなくなる。
鳴りまくる電話、飛んでくる質問、時差のもどかしさ・・・。
喉はカラカラ、トイレ行けず、緊張で胸バクバクだった。
今だって、ミスるし、トンチンカンなことして、迷惑かけまくり。
できない自分、分かってない自分に、「もーう、このやろー」って思う。
この仕事、向いてないかも・・・って凹むことも。
でも、そんなときってチャンスなんだよね。
苦手なことって、自分から飛び込んでかなきゃ、何も変わらない。
間違えるのにビクビクしてたら、いつまでも自信もてないよね。
夜、オフィス出ると、夏の風がじっとり。
1週間ちょい前は、秩父の山にいたのが夢みたい。
森のなかで自炊して、真っ暗な夜道を歩いて、テントで夜更けまで語って。
偶然に出会えた15人、それぞれ違う国に飛び込んでいくわけだけど、
応援してます!
あたしはしばらく海外には行けないけれど、みんなの背中をちょこっとでも押せる人になりたい。
いくつになっても、夢を語れる場所だけはもっていたいなー。
・・・そんな感じ。
今週はずっと曇り空みたいだけど、みんなにとって、よい一週間になりますように!!
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ウガンダの写真です(しつこい 笑?)
↑首都カンパラ。
車、トラック、バイク、人ひと人・・・。
クラクション、客引きの声、ダンスミュージック、土ぼこり。
もう、何でもありです(笑)
↑ある日のランチ。
左が、「マトケ」。ウガンダの主食です。甘くない緑のバナナを蒸して、マッシュ。
付け合せの地鶏とか、ゴート(羊肉)、お豆によく合います。
↑近所の子どもたち。
この日は、ノリーンの3歳のバースデー。ちょっとお洒落です。
通称のりちゃんって、呼んでました。
6月だー
お元気ですか??
もうすぐ配属から2ヶ月。
最近、任される仕事の量がぐーんと増え、先輩たちをヒヤリとさせる場面も増えました。。。
1日10時間近くパソコンをにらんでいると、目玉が飛び出しそうになります(涙)
平日はテンテコマイに働き、週末はいろんな人に会おうと思う今日この頃。
先週は京都と奈良に。
ウガンダでお世話になった人が、一時帰国してたので会いに行ってきました。
懐かしい人たちにも再会できて、今いる環境で、あたしもいっぱい吸収してやろうって思えた。
明日から、またプレッシャーな毎日だけど、笑ってがんばろう。
みんなもどうぞ良い一週間をね。
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☆Guluで撮った写真です☆
1年前に停戦協定が結ばれるまで、20年近くも紛争が続いていたとは思えないくらい
穏やかな時が流れていました。
↓空が青い蒼い。夜は地平線に星空があふれ、月明かりに自分の影が映ります。
↓町から車で1時間、パボ難民キャンプの子どもたち。
北部では、いまだに8割近くの住民たちが難民キャンプで暮らしてます。
ある統計によると、最近まで北部では1日に約150人が亡くなっていて、
その大半が、マラリアや下痢など、健康である程度のお金がある人ならば
生き延びられる原因で命を落としているそうです。
みんなカメラに興味しんしん。
迫ってきます(笑)
学校に通えること、栄養のある食事、家族がいること、洋服をまとえること。
子ども時代に、当たり前だと思われていることが、当たり前じゃない場所。
それでも、子どもらしい、やんちゃで可愛い子どもたちでした。
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丸の内のオフィスから高層ビルの向こうに沈む夕日を見ていると、Guluで眺めた夕日を
思い出します。
子ども兵だった女性たちと小さな子どもを見送る一日の終わり、「こんな平和な日が
続きますように」って思った。
同じ夕日なのに、その下に広がる世界はあまりにもかけ離れていて。
でも、隔絶された世界が無数に広がってるんじゃなくって、一つの世界なんだよね。
お互い知らないことがたくさんありすぎる。
その溝を、ちょっとでも埋めていけるようなことをしたい。
そう思う今日この頃だったりします。
☆宣伝☆
ウガンダにつながるネタばっかだけど・・・
5月7日は、「世界エイズ孤児デー」。
エイズ孤児支援NGO・PLAS(http://plas-uganda.org/blogjp/ )が、今日から
Pieces for Peaceというキャンペーンをインターネット上で展開します。
http://plas-uganda.org/aids_orphans_days/main.html
1ヶ月かけて、世界のエイズ孤児ストーリーをお届けしながら、エイズ孤児への理解を
広めていこうっていうものです。
国際的にはいろんなNGOが参加してるんだけど、日本ではまだまだみたい。
ちなみに、mixiでもコミュニティーがあるので、興味あればのぞいてみてくださいな☆
http://
(写真は、PLASの活動地域、カンパラ郊外の地区。
エイズ啓発ワークショップの宣伝パレードをする子どもたちです。)
おひさー
みんな、元気にしてましたか??
放置もいいとこだよね、このブログ(笑)
なので、ヒマなときに写真、アップしていきまーす。
4月から、社会人になりました。
日本の国債を買った海外のクライアントに決済してます。
1クリックで、数十億とか数百億とか飛んでいく世界です。
のんびり空を見上げて、「日が沈む頃に会いにいくよー」って日々から、
分刻みを感じる世界。 ウガンダが、とっても遠く感じちゃいます。
GWもあっという間でした。 そして、いろんな人に会ってエネルギーもらった。
毎日の業務こなすのに精一杯で弱ってたアンテナが生き返ったかんじ。
「何のためにこの仕事に就いたのか」を、ちゃんと思い出せました。
(↑なんか仕事に疲れた人みたいね 笑
でも、人に恵まれて、新しいこと学べるし、けっこう楽しんでます!)
さー、明日から早起き再起動する人も多いのかな?
5月の新緑に負けず、ステキな1週間になりますように☆
ただいま!!
実は・・・2週間も前に帰ってきてました!
Guluから帰ってきて、大晦日にカンパラで花火を見て(隅田川の花火大会並み)
朝までクラブに行って踊って飲んで、寝正月のあとはもう日々が流れるように
過ぎていきました。
ルワンダ旅行をキャンセルして、またGuluにとんぼ帰りしちゃった。
第二のお母さんにサヨナラを言いたくて。
お葬式パーティー(←葬式のあと2日間、親戚みんなで踊って飲み明かす)に連れてって
もらったり、難民キャンプの礼拝に行ったり、私の大好きな人が小さい頃すごした草原に
たたずんで夕日が落ちるの眺めたり、水浴びしたあとに満点の星空を仰いで、おばあちゃん
たちと語ったり。
カンパラに戻って、お世話になった人たちにお別れを言って、笑顔でいようと思いつつも、
毎朝、TASOやBlessed小学校に向かうたびに涙が止まんなかった最後の一週間。
エイズ孤児のちっちゃな子どもたちが「次いつ戻ってくるの??」って目くりくりさせて
聞いてきてくれて、「いつになるか分からないけど、ゼッタイ帰ってくるから」として言えなくて。
この子たちがずっと元気で生きてますように。 学校に通い続けられますように。
立派な大人になれますように。
荷造りして、一緒に住んでたみんなと泣きながら別れ言って、日曜の朝に空港へ。
山積みのパイナップル市場、手ふりながら車を追いかけて走ってくる近所の子ども、
悩んだりおなか抱えて笑いながら歩いたデコボコ道、バナナの樹、地平線・・・・
一生分泣いたんじゃないでしょうか(笑)
そんなこんなで、冬の東京に戻ってきました。
そして、ビジネス英会話と英文会計と証券外務員試験に埋もれている毎日です(涙)
なんだか、ウガンダにいたのが夢みたいだけど、ただの夢にはしたくないので、
春からぜんぜん違うフィールドで働くわけだけど、どんな形であってもウガンダ、アフリカ、
エイズ、貧困、紛争と子ども・・・できる範囲でいいから関わっていこうと思う。
うーん、この3ヶ月、何ができたか?って言われると、たいしたことはできなかったし、
thanks for coming to helpっていろんな場所で言われるたびに、「あたしは人の役に立てる
だけの経験もスキルも知識もないのに」って思ってた。でも、学ばせてもらったことなら
山ほどある。
だから、これからはちょっとずつ、アウトプット&いろんな場で発信していけたらいいな。
で、そのうちウガンダに移住するかもです☆
3ヶ月間、いろいろと支えてくれてたみんなに、ほんとうに感謝です!
お暇ができたら会いたいな~。
気づけば
今年ってあと1日なんだね!乾季に入ったウガンダは、ますます陽射しが
強くなってきました。クリスマスもお正月も、日焼け止めが手放せないわー。
先週、ウガンダ北部の町Guluに行ってきました。
1986年から反政府武装勢力LRAとの戦闘が続いてた地域なんだけど、今年の夏
にむすばれた停戦協定のあとは、すっかり落ち着いて、欧米の企業や日本の研究者
なんかも増えてきてる。
この町で活動するNGOに居候させてもらいながら、元子ども兵士の社会復帰施設に
行かせてもらってました。
20年間の紛争で、2万人以上の子どもたちが拉致されて、兵士として故郷の村を
襲ったりしていて、今でも2000人の子ども兵士がLRAにいるって言われてる。
そんな中、そのNGOがやってる職業訓練プロジェクトでは、63人の
元子ども兵士(ほとんどが女性)がいて、ミシン使って洋服を作ったり、読み書き
を練習したり、ビジネスマネージメントを学んだり。
教室に入ると、歓迎の歌を歌ってくれたり、手を握ってアチョリ語で何か話しかけて
きてくれたり、笑い声が絶えないんだ。
20代前半か10代後半の女性たちなんだけど、7年以上LRAで闘わされてきて、
2,3人の子どもを抱えてる。強制結婚とか性暴力とかで、望まず産まされた赤ちゃん。
「逃げてくるときに、捨てようと思ったことはないの?」って聞いたら、
18歳のときに拉致されて、12年間LRAにいた女性は「それはできなかった」って。
村に戻っても家族も失って、職もないのに、子どもだけは育てようとして、毎日
ミシンの前に座って、スカート作ってる。
3人の子どもがいる女の子は、私と同い年。 「夫」はゲリラ活動に残っていて
生きてるか分からなくて、家族はみんな殺されてしまったそう。
そんなことを話してくれて、最後の日には
「危ないって言われてるウガンダ北部にわざわざ日本から来てくれて、心を傾けて
くれてありがとう」って言ってくれた。
来ただけ見ただけで、何もできなかったのに。
何もできなかったのは確かだけど、そのNGOを率いてる人は「関心を持つだけでも
いいんだよ」って。そこがなければ、何も始まらないんだし。
そして「過去の経験を忘れる必要はないんだ。忘れられるものじゃないしね。
受け入れることで、次に進んでいけるんじゃないかな」って。
紛争のイメージが強かったけど、Guluの町はのんびりしてて、空が広くて青くて、
人も控えめで親切で、ヤシの樹が風になびいてる赤土の道が続いてて、そして
草原に落ちる夕陽が本当にきれい。
カンパラに戻ってきて一週間だけど、恋しくってしかたがないや(笑)
「帰りたい」って思える場所、「会いたい」って思える人がいることって、
ささやかな幸せなのかも。
2007年、みんなにとって良い年になりますように。
priceless gift
あわただしく日々を過ごしてたら、あっという間に誕生日を迎えてしまいました。
いつもは木枯らしの吹く季節なのに、照りつける太陽と入道雲を見ながらだなんて、
不思議な感じです。
おとといまで、小学校のある地域でHIV/AIDSについてのワークショップを企画してて
ほんと誕生日なんて考える暇もなかったけど、29日は家に帰ったら、一緒に住んでる
ヒロとチョコがディナーを作って待っててくれて、デンマークの女の子たちやウガンダ人
スタッフのみんながケーキやプレゼントを用意していてくれて…。
疲れもふっとんじゃった。
こっちに来てから一ヶ月。
ほとんどホームシックにもならず、日本が心底恋しくなることもなく、失敗や壁がありつつも
日々楽しみながら暮らしていけるのは、周りの人に恵まれてるからなんだと思う。
すぐそばにいる人たちだけじゃなくて、ものすごい不安があっただろうに遠くアフリカまで
送り出してくれた家族や、さりげなく励ましてくれる日本の友達、そんな人たちに囲まれてるから
こうして元気にやってるんだと思う。
だから、心からのありがとうを言いたいです。
誕生日の前日、ウガンダに行こうか迷ってた私の背中を押してくれた人と再会。
その人の故郷は、長いこと紛争が続いてた場所でもあるんだけど、歌と踊りと夕日が本当に
素敵な場所なんだ。
その町を舞台にしたドキュメンタリーのなかに、Discover the Unseenって言葉があるの。
ウガンダに来る前は、子ども兵士とかエイズ問題とか、貧困とか、ともすれば影になりがちな
面ばかり見てた。
でも一ヶ月過ごしてみて、失敗しても「気にしない気にしない」って笑えて、大変なときでも「何とか
なるよ」って言えて、ちょっとした優しさに溢れてるウガンダの人や町が、変えられない魅力に
感じるようになってきた。
もちろん、目を背けられない問題は山積みだけど、いま自分に何が見えてて、何が見えてないのか
ちゃんと考えて、光も影も受け止められる姿勢は忘れずにいたいな。
あと2ヶ月、ゆったりのんびりがんばります。
日本は師走、忙しくなる時期だろけど、みんな元気でね。
仕事スタート
ご無沙汰してました!
先週からやっとTASO(The Aids Support Organization)でのワークが始まりました。
1987年にできたNGOで、HIV感染者の治療・カウンセリングや、予防啓発なんかをやってます。
ウガンダに来て2週間は、もうひとつのプロジェクトのエイズ孤児サポートのほうに関わってたけど、
知識もないからアイディアとかも出せず、「私なにやってるんだろう」って思ってた。だから、TASO
ではたくさん学ぼうと思う。アウトプットのためにも。
どんなこと任されるかっていうと、薬の袋詰めとか、診療に来た患者さんの登録とか、会計簿を
つけたりとか。
まだ1週間、仕事はまだまだ雑用程度だけど、
「人ってこんなに強く生きれるのか」って思うことがしばしば。
TASOには、エイズの予防を伝えるためのドラマグループがあるんだ。
TVや新聞が普及していない地方の村なんかに行って、劇を通してエイズについて伝えてく。
15人くらいのグループなんだけど、全員がHIV感染者。
リーダーのチャールズさんは40代。
13年前にHIVに感染、高校教師をやめさせられ、感染を奥さんに伝えたら、
離婚を突きつけられ、薬の飲みながら一人で子どもを育ててる。
「ドラマグループのなかで“自分はエイズ患者です”ってカミングアウトするのは怖くないの?」
って聞いたら、
「ウィルスと闘いながらも、できることがあるんだって伝えたいから」って。
私の上司3人も、HIV感染者(英語で、HIV Positive)
"I'm HIV pisitive, but I can live positively"って誇るように話す姿に、力をもらってる。
感染が分かって誰にも打ち明けられず、生きるのやめようと思った人もいる。
いつAIDSを発症するか分からず(HIVウィルスに感染してから、人によっては7-8年
かかることもある)、不安だと思う。
でも、「不安になってもしょうがない。 せっかく生きてるなら、同じ立場の人たちに
もっとpositiveに生きていこうよって伝える時間に使いたいじゃん」って。
TASOでの初日、待合室にすし詰めになって待つ患者さんたちのうつろな目を見て
息がつまりそうだったけど、最近は、仕事に行く朝が待ち遠しかったりもします。
そうそう、患者さんの登録をしててね、
Nerimaさんって人を発見!
練馬、Myホームタウン。ちょっぴりホームシックかも(笑)
うそぉー
日曜の朝、微熱に気づいて目が覚めました。
熱って、日本にいたら何てことないけど、ここではいろんな病気を連想させちゃう。
まさかと思って、村の診療所に行って血液検査をしてもらったら、看護師さんが
申し訳なさそうに、
"You' ve got Malaria"
えぇぇぇー!?
マラリアって・・・。こっちに来てから、寝るときも長袖&くつ下で、虫よけスプレー
かけまくってて、予防薬も飲んでたんだよ!?
蚊に刺された形跡すらないんだよ!?
しかも、マラリアって潜伏期間が最低でも7日っていうじゃん!?
着いて6日も経たないときに、マラリア判決を下されるってどうなのよ。
ウガンダ人のスタッフや、こっちに住んでるデンマーク人いわく、
血液検査はほぼ100%間違いないから、とりあえず薬を飲み続けなさい、とのこと。
体もフラフラしてたし、カンパラ市内まで行く気力もなかったし、
ほんとにマラリアだったら怖いから、とりあえずもらった薬(3日分で60円!)を
一気に飲んだ。
一気に、大粒を10錠。。。ありえない。
夜にまた8錠。
おかげで副作用の悪夢をみまくりました。あぁ人が死んでく夢だけは見せないで(涙)
2日後。
カンパラ市内で、ヨーロッパ系の大きな病院に行って、(ウガンダでは)法外な値段を払って
再検査してもらったんだけど、
「マラリアぁー!?そんな形跡ないわよ」って。
「地方の診療所ではね、気分が悪くてやって来る人みんなに”マラリアですよ”って
言うから、気をつけてね」
疲れからくる熱ってことでした。
それにしても、ちゃんとした病名すら判断することが難しい医療事情。
市内に近くてよかったけど、僻地の村にいる人なんかは、どうするのだろう。
私はお金もあったし、薬も手に入ったし、栄養ある食事もとれたし、清潔なベッドで
寝れた。でも、この国では多くの人が、簡単に治せる病気で死んでいく。
ふぅぅ。。 マラリア薬を大量にのんで衰弱した気がします^^;
でも!もう元気ばんかい。
昨日は、東アフリカ一って言われるマケレレ大学に行ってきました。
市内を見下ろす丘の上。
緑あふれる広いキャンパス、おしゃれに着飾った学生たち、英国風の校舎。
排気ガスと土煙、物乞いの子どもたちがいる市内とは無縁な、楽園でした。
同じ街の中に、別世界があることがちょっぴり悲しくもあるのだけど。
雨宿りしてたモスクで知り合った学生に、キャンパスを案内してもらいました。
国際関係学科の教授にも会わせてもらったし、ラッキー。
機会があれば、ウガンダでちょっぴり学生の身分に戻れるかも♪
そんなかんじです。
みんなは体、元気ですか?心も元気に、秋を過ごしてね。









