雑踏の中で | 天路歴程

天路歴程

詩や、お話や、自分の思いを綴っています。楽しんで頂けると、幸いです。

 公園の木々が赤に黄に染まる。秋の最後を告げるファンファーレだ。

 まだ、木枯らしは吹かない。秋の穏やかな晴れの日。私は、うっすらとさす日に誘われて街に出た。

 海に近い街。耳を澄ませば、風の悪戯で汽笛が聞こえる街。

 アーケードを歩けば、雑多な店があちらこちらに点在する。人々は、右に左にそぞろ歩いている。家族と。恋人と。友人と。

 そんな中、1人で歩いていると自分が透明になった気がする。

 大勢の中の孤独。

 若かりし頃は、それが寂しくて仕方がなかった。1人でいる自分は、どこか欠けているのではないかと思い悩んだものだ。

 年を経た今。

 欠けている自分は、欠けている自分なりに生きてきた。それでいいのではないか、と思うようになった。

 私は、何者にもなれなかった。

 ということは、

 私は、何にも囚われていないということだ。

 人は、すべてを手に入れることはできない。

 年をとればとるほど、

 取捨選択の厳しさを感じることにはなる。

 後ろをふりむけば、たくさんの可能性、選択肢を捨ててきたことになる。

 前を見たら、少ない可能性と選択肢。

 それを楽ととるか、苦ととるか。

 私には、まだわからないでいる。

 まだ、それを判断できるほどの経験値を得ていないのかもしれない。

 たくさんのストーリーが、このアーケードを通り過ぎていく。

 透明な私をすり抜けて。

 そんな夢想に溶ける、小さな午後。



inspired by スピッツ 「冷たい頬」