風の強い春の日 | 天路歴程

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詩や、お話や、自分の思いを綴っています。楽しんで頂けると、幸いです。

 彼の大きな目。長い睫毛。くぐもる声。すべて好きで、嫌いと言っちゃうくらい好きだった。

 どうしてあの時、好きて、言わなかったんだろう。

 若さと幼さがせめぎ合う、年だった。

 さよならが迫る春の日、仲良くしてた彼と、海岸を散歩した。

 友達だから、話せる言葉。失いたくなかった。

 …違う。

 その近さを、失うのが怖かった。

 あははと奥歯を見せられるぐらい、笑いあえた。

 その関係を壊すのが、怖かった。

 春の海は、あまりにも水色で、胸が痛くなるほどだった。

 そんな、センチメンタルは、隠して、彼と話す。

 「まだ、寒っっ。風が強いなあ。帽子飛びそうやわ。」

 「風が強いのわかってて、なんで、帽子かぶってきたん。」

 「ええやん。あたしの勝手やろ。」

 「いやいや、帽子飛びそうって、文句言いながら、帽子かぶってるって、どないやねん。」

 彼の茶色い目が、海の光を受けて、乱反射する。琥珀のようだ。

 なんて、綺麗なんだろう。

 一瞬、見惚れていた。

 「なに?」

 彼は、私を見る。私は、恥ずかしくなったけど、ここで、目を逸らしたら、負けだ、と思って、おどけて、彼をもっとじっと見る。

 「じーっ。」

 「なんやねん。そんなに見んなや。」

 彼もおどけて、私の頬を両手で潰す。

 「にゃにすんねん。」

 私の頬は、潰れたままで、へちゃげた声が出た。

 「なんじゃ、その声は。」

 2人で大笑いする。

 「でも、本当に寒いんや。頬が冷たい。」

 彼は、少し真面目な顔をする。

 「ちょっと、待ってて。」

 彼は、自販機で、温かいミルクティーを買ってきた。

 「はい。」

 「ありがとう。」

 私は、素直に受け取る。それしかできなかった。

 うれしさで、胸がぱちんとはじけないように、私は、ゆっくりとミルクティーを飲んだ。

 それだけ。それだけの話。

 それは、

 ある意味、

 完璧で、

 尻切れトンボな、

 風の強い春の日の思い出。



 inspired by スピッツ 「冷たい頬」