七つ転んで恥のかき捨て -4ページ目

七つ転んで恥のかき捨て

名前はタバスコ、だけど人間は甘い

ダイエットとは休戦協定を取り結んだ。

ひとまず休戦である。

Nキロになったからね。

Nキロとはタバスコの宿命的体重である。

中学2年生くらいで身長の伸びがほとんど止まってしまってから、タバスコの身長と体重は、ほぼ不変である。

中学の同窓会でも高校の同窓会でも、「全然変わらないね」と言われる主原因はここにある。

たとえば、20歳位では、女性は著しく体型が変化し(すっきり痩せて)、見違えるような変貌を遂げることもあるらしいが(さなぎが蝶になるがごとく)、タバスコには不幸にしてそういう変貌は訪れなかった。

40歳を過ぎると、また変化の機会がやってくるとも聞く。
中年太りという変化。
肉の付く部位が微妙に変わってくる。
二の腕がたるむとか顎の周りが弛緩するとか…

こういう変化も幸いにしてタバスコには特には現われていない(今のところ)。

タバスコは35年間ずーと幸か不幸か「丸顔でぽっちゃり」のままである。

ああ、どれほどすっきりほっそりにあこがれたことだろう。
そして、そのあこがれはあこがれのままタバスコの人生は終わるということを悟った今、ぽっちゃりがでっぷりにならないことだけがタバスコに残された選択肢なのだった。

体重が不変とはいっても、季節の変化で年間2キロから3キロの増減は見られるのである。
Nキロを中心に増減するのではなく、Nキロを下限数値としての増減。

油断するとすぐにN+3キロになってしまうのだ。

で、ダイエットする。

わりと簡単に戻るのである。Nキロには。

しかし、Nキロの壁がなかなか破れない。

本当は、本当はN-3キロ(せめてN-2キロ)がタバスコの目指すところなのである。

今までに最高N-4キロまで到達したことはある。神がかりのダイエットが功を奏したことがあったのだ。しかしそれは瞬間的な数値であった。

まるで蟻が砂糖に吸い寄せられるがごとく、私の体重はNキロに吸い寄せられるように集束するのである。

Nキロはタバスコの宿命らしい。

ゆえにNキロに到達した今、今回のダイエットはひとまず休戦に入ったのである。

宿命に抗うには、奇襲作戦しかない。
Nキロの壁を突破する隙を伺いながら、お盆休みを迎え、N+1キロくらいのところで相手に油断に与え、その直後に一気にNキロの壁を突破せん、というのが目下のところのタバスコの戦略である。

夏の終わる頃には、N-2キロ成就の祝賀行事を執り行いたい。



05b8f43c.jpg←米原万里さん。
5月25日に亡くなられました。
エッセイはどれも絶品ですね。
惜しまれる早すぎる死です。
心からご冥福をお祈りします。







新しく始まった「下北サンデーズ」というドラマは、小劇団で芝居をする若者の物語。

小劇団で芝居をする、というのは、貧乏と同義語なんだそうだ。
と、番組紹介に書いてあったので、「そりゃ楽しみだな」と思って第一回を期待を込めてみました。

私は、どうも貧乏ということばに、なぜかしら胸がわくわくしてしまう性質らしいのだ。
しかも、芝居をしているやつらの貧乏に特に惹かれてしまう。
なぜだか良くわからないのだけれど。

そういえば、20歳の頃の私の男性の好みのタイプは、生活力のなさそうな男、であった。

貧乏な男が好きと言ってしまうとちょっと違う。
貧乏も厭わないと思えるような別の価値観を持ち、その価値観を優先するあまりに図らずもというか結果的に貧乏になってしまう男にどうも惹かれてしまっていた。

20歳の頃にそういう好みを既に持っていたということは、それ以前にそういう嗜好が培われる土壌があったということなんだろうけれど、それが何であるのかが良くわからない。

私は普通に貧乏な家の生まれ。
私が生まれた昭和31年には、日本のほとんどの家庭は貧乏だったのではないだろうか。
それからの10年くらいで、目覚しく日本の経済状況は向上し、そのほとんどの貧乏な家庭がややましな生活を手に入れるようになったのかもしれない。多分、私が育った家庭は、その王道を行くような、みんなと同程度の貧乏から出発し、同程度に向上していった普通の家庭ではなかったかと思う。

特に貧乏に心惹かれる素地は見当たらない。

そんな家庭で育った私が20歳になって、大学生になって、普通に豊かな生活を手に入れられそうな男ではなく、必然的に貧乏をしてしまいそうな男になぜ惹かれてしまうのかが自分でも良くわからなかった。

ま、しかし、とにかく私が好きになっちゃう男はそういう傾向があった、ということです。

芝居をやっている男もいた。
彼は、「うわー、まさに絵に描いたような私のタイプ」の男だった。

芝居をやっていて貧乏というのは、私の恋人としては最高にうっとりしちゃう条件なのだった。

結果的にこの男とは結婚せず、まずまず普通の安定した生活を保障してくれそうな男と結婚しちゃったから、案外計算するところはしていたのかもしれないけれど、いや計算していたのならもっと条件のいい男は他にもいたはずである。

中途半端に普通の男と結婚して、手に入れられなかった素敵な貧乏暮らしをどこかで焦がれ続けているのだろうか。貧乏暮らしへの憧れが消し去れないのだろうか。

とにかく貧乏暮らしのエピソードは私の心を騒がすのだ。



便利で、快適で、清潔で、おしゃれで…

人は自然な情動としてそういうものを求める。
私も決してそれを否定するものではない。便利で快適な生活は良いに決まっている。
もしかしたら、あまりにも疑いなくその方向だけを目指して狂奔するままの現代資本主義国家の日本において、ただ、ちょっとヘソをまげているだけなのかもしれない。

そんな折、米原万里さんのエッセイにこんなことが書かれているのを発見して、「うーーむ」と唸った。

「ロシアは今日も荒れ模様」という、米原さんがロシア語通訳者として経験したロシアとロシア人についての抱腹絶倒のエピソードの数々がつづられているのだけど、そのプロローグの一節。
高価な銀細工が収められている段ボール箱について詳細に描写されている。
「何度古紙を再生したらこんな色になるのだろうか、少なくとも漂白剤は一切使用しなかったことを物語る色の、ちょうど猫が糞をしまくった砂場のようなまだら模様のざらざらのボール紙。箱のつなぎ目のアチコチに、ヨードチンキ色をした糊がはみ出てひからびて……」
そして、そのような箱を目にした「私」は「感動を禁じえなかった」のだそうだ。
「銀細工をそのような箱に入れて売るのをごく当たり前とする社会が存在しえたことに、果てしなく心打たれたのである。」

「あらゆるものがカネに換算され評価され、商品としての価値を高めるために万人が血道を上げる社会。モノを売るためにあらん限りの知恵と情熱を捧げることが当然視され、それが今や押し留めようもない自動運動モードに突入したような感がある。」
そのような爛熟した資本主義の生み出した消費文明に疲れはじめた米原さんはその箱が、「新鮮で快かった。」というのである。
「買って、買って」とわめきまとわりつくこともせず、「買ってくれなくとも一向に構わないわ」という感じの箱のたたずまいに「毅然とした迫力」を見て取る米原女史。

「ヒトにも、モノにも売れるか売れないかなんかに関係なく、それぞれのものの価値がある。いや価値など無関係にそれぞれ勝手に存在する。そんな当たり前の真実に虚を突かれたように気づかされたのだ。」

ふむ。

私は米原さんのようにうまく言語化できないのだけれど、私が「貧乏」ということばの周辺に嗅ぎ取っているものにかなり近いことを語ってくれているような気がした。

ヒトにもモノにも売れるか売れないかなんかに関係なく…

今の日本では、売れるか売れないかがあまりに最優先に価値付けられているような気がして、私は気に入らない。

売れるか売れないか。
文学も、映画も、ドラマもその一点のみに血道を上げて、本質的であることからどんどん逸れているような気がする。

本質的であることの追究を目指してそのような価値観で暮らせば、現代日本においては貧乏は必然なのだということ。
売れるか、売れないか(どれくらい稼ぐか、ということに繋がる価値観)など瑣末なことではないのだろうか。
ならば貧乏は、現代の日本においては輝かしい冠ではないのかな、と、へそ曲がりの論法はそこへたどり着くのであった。

そして、必然として私に与えられた貧乏の中で、私は輝く貧乏暮らしをエンジョイする。

多分、20歳の頃に私が夢見た私の未来像は、そういうものだったのではないだろうか。
今から振り返ると、本人の意識の奥底にはそういうものがあったのだろうと思う。

その時点で、そういう生活に一番近くわかりやすい生活様式を手に入れていたのが、芝居貧乏たちだった、というわけである。

以来30年近く、私は、芝居貧乏さんたちに対して条件反射的に、尊敬と羨望を抱いてしまうのである。

米原さんが「ロシアとロシア人」について考えることで獲得した感慨を「『自由』とか『人間』とかについて抱いていた概念が大きく内容豊かなものになっていることに」気づかされたことだ、とプロローグの締めくくりで述べていることをそのまま拝借して、私にとっては「貧乏について考えること」がつまりはそういうことに繋がるような気がするのである。



ハッハッハッハ。

30分ウォーキングしてみました。

我が家には、すてきなウォーキング・マシーーーーンがあるのじゃ。
ジムにあるような立派なマシーーン。

かれこれ2年くらいは埃にまみれていたな。

で、2年ぶりにその上に乗ってみると、「重い!」と言うのよ、彼が。

そりゃそうだろ。
もう、恐くて体重計に乗れない危険水域に突入してしているからな。
何キロなのか不明であるが、相当な数字であることは想像に難くない。


今朝、「歩こう!」と思い立った私。
何故だろう?
わからない。

B型で双子座の私は大変気まぐれなので、「歩こう」の「う」は意志の助動詞であるにもかかわらずその意志が、自分の意志ではどうにもならないのだ。
私の意志は気まぐれのなせるところにあり、どうもその発動は不随意筋の作用らしい。

今朝、不随意に「歩こう」と思い立ってくださった私の意志に拍手を送ろう。


いやー、爽快である。


1週間の締めくくりの木曜日のバイトを終え、帰り道のスーパーでビールを買い求め(正確には雑酒であるが)帰宅したのが9時40分。

30分のウォーキングの後には冷えたビール(雑酒)が待っているのだ、頑張れ、と不随意筋のご機嫌をとっておく。

そして、今私は爽快感の中でビール(雑酒)を楽しんでいる。

ああ、人生は素晴らしい。

今日の私は素晴らしい。

この調子の毎日が続けば2ヵ月後にはマイナス5キロは叶うだろう。

ハッハッハ・・・