「お母さん、どんな暗闇の中でもじっと目を凝らしてみると、必ず小さな光を見つけることができますよ」
「暗闇に絶望してあきらめてしまうと、そのかすかな光が見えてこないのです」
「かすかな希望の光を見つけて、それから目をそらさないでいると、息子さんは必ず立ち直ると思いますよ」

 長年にわたる息子のDV に疲れ果てた母は、思い余って警察に相談に行った。息子を刑務所に入れるか、精神病院に強制入院させるかを決めてもらうためだった。しかし、ベテランの担当刑事はこう語った。「息子さんを刑務所や精神病院に入れることは本当の解決にはならないのではないでしょうか?息子さんはお母さんに本当に愛されることを叫び求めているのではないですか?お母さんから愛されていない不満を、DV という形で表現しているのだと思います。息子さん立場に立ち、息子さんと同じ目線で話し合って、もう一度対応してみたらどうでしょう?」

  自分ほど息子を愛し、多くの犠牲ささげてきた者はいない。口汚い言葉で激しく罵倒され、時には暴力で殺されそうになっても、それに、耐えて面倒をみてきた。にもかかわらず日増しに息子の精神状態は悪化していったのだ。母一人子一人の母子家庭という逃げ場のない状況のなかで、暴力におびえて夜も眠れず、ただ祈るしかできない日々が続いてきた。自分は母親としてベストを尽くしてきた。息子が百%悪いのに我慢して耐えてきた。でももう耐えられない、もう希望がない、もうダメだ。

 自分の置かれた苦しい立場を刑事さんに理解してもらえず、失望した母は疲れ切ってきって帰宅した。もう死ぬしか道はないと思った。でも自分が死んだら、残された息子はどうなってしまうのか。「
俺の面倒を見るのが嫌で、母は勝手に死んで責任を逃げたんだ!」と逆恨みするかもしれない。病状がひどくなって、人を殺したり、家に火をつけたりしたら大変なことになる。

 「そうだ、私が息子に殺されたらいいんだ!息子は精神病だから、死刑にはならないだろう。刑務所か精神病院に入れられて、国が面倒見てくれるのではないか、息子イエス様にゆだねよう」「イエス様を信じている私は、死んでも天国に行ける。息子のために、そして社会のために、命を捨てよう!イエス様はきっと息子を生かしてくださるに違いない」

 かすかな希望の光を見つけた母は、激しく罵倒しながら向かってきた息子に対して、「そんなに私が憎いのなら、あなたの気が済むまで、思う存分殴ったりけったりしていいからね。一生懸命あなたの面倒を見てきたつもりだけど、不十分でごめんね。私のせいであなたをこんなに苦しめてきて本当に悪かったはわ。あなたに殺され罪を償うから、どうか悪い私を赦してね」と土下座して涙ながらに謝罪した。

 この時始めて、「こんな悪い息子なのに私は愛を持って面倒を見てあげている」という上から目線から、息子と同じ目線に立って彼の苦しみの深さに共感することができた。そして息子の暴行を、甘んじて受けた。十字架にくぎ付けされて血を流している
イエスの姿を思い続けた。不思議にも、どんなに殴られてもけられても、心に平安があり、ほとんど痛みを感じなかった。結果として、なんの傷も負わなかった。イエスが自分の身代わりに打たれて傷を負ってくださったに違いない。

 罵倒と、暴行を一時間以上も続けた後、息子は自分の部屋に戻った。途端に息子の号泣が聞こえてきた。その号泣は二時間以上も続いた。その日以降、息子のDVがピタッと止んだ。かすかな希望の光が大きな現実になったのだ。

マザーハウスたよりNo.18ささきみつおコーナーより