まず、見終わった後の感想は、『誰とも話したくなくなった』それくらい頭を整理したいというか、感情を整理したいというか、そんな感じだった。そして今も自分の中でこの映画を咀嚼するのにブログを書いている。私は今マレーシアにいるのでジョーカーは英語で見ることになる。私の英語力は映画を完全に把握するのにはまだ物足りなくて8割くらいしかわからない。細かいニュアンスや単語、文法を聞き取れていない。けど内容はわかるしまぁまぁ理解はできる。というのが前提でこの先進めていきたい(笑)でね、映画の感想はいろいろあるんだけど、ブログの題名にも書いた『マレーシアで見た違和感』について書きたいと思う。これはマレーシアだけではなく、台湾でもほかの映画を見ていて感じていたことだった。台湾やマレーシアを否定しているわけではないので誤解なさらずに
これは海外あるあるなのかって思うし。
でね、どこでそれを感じたかというと、(ここから先は映画の内容めっちゃ書きます。まだ見ていない方は見た後に読んでもらえるといいかもしれない)アーサーが元同僚を家に呼び、殺害するシーン。ここは殺人鬼と優しいアーサーとが混同していると思われるシーン。ここで小さい同僚はアーサーにとって仲間だと認識され殺されずにすんで逃げられたんだけど、小さいからドアのロックに手が届かない。私はここでハラハラしたし殺されるのか逃れられるのかどっちの展開になるんだろーって思っていた。すると劇場内に笑いの渦が巻き起こる。小さい同僚がロックに届かずジャンプしてあたふたしているところのやり取りで劇場内の7割は笑っていた。この笑い、私には理解不能だった。
なんで今笑ったの?
どこにおかしい場所があったの????
ってやや怒りにもなりそうな感情が沸いてしまった。もちろん感じ方は人それぞれだからいいんだけど、私には理解できなかった。こういうのを体感すると日本人の感覚と海外の人との感覚の差がわかる。勝手に『今笑った人たちはどこまでこのストーリーをわかっているの?』 『主人公の気持ちわかる?』 『今までの流れ見てた?』ってめっちゃ思った。これはただの私の感想ですが。。。映画見て自分の感情が忙しくなり、ストーリー把握するのに頭使って、かつ、こんなに気になる現象が起きていて、とーーーーーーーーーーーーーーーっても中身の濃い2時間でした。いや、映画は終わっているけど、まだ私の中では感情の盛り上がりが収まっていない(笑)だからブログも進んでいく(笑)
よく海外は笑いのツボが違うっていうけど、本当にそう思う。これは生活習慣や環境、文化、伝統が一人一人の個性を作っているんだろうな、と思った。でも個人的には、その笑いのツボの真相が知りたい。どう思って今笑ったのか、とか、何を考えてみていたのか、とか聞きたい。
ちなみに一緒に見に行っていたJJは、ストーリーはシリアスだけど、音楽がリズミカルな場面があって、そこでリズムに乗りながらなんか歌ってた。どー考えても今、リズムに乗る場面じゃないじゃん。って思ったから、後で聞いてみたら、映画を客観的に見ていて主人公に感情移入はしていなく彼は冷静に分析したうえ音楽が良くてストーリーも面白いからわくわくした結果、歌っていたみたい。でも正直、私はその時JJの口を封じたかった。。。(笑)
でもそれを聞いたときに、いろんな楽しみ方があるなって思ったんです。ある意味衝撃を受けた感じ。物の見方は無限にある。それぞれの感性と角度で見ていくから、楽しみ方の正解はない。本人が納得していればいい。どこかで自分の基準に周りを当てはめようとしていて、更にはそんな自己中な考えだからイライラさえする(笑)なんとも自分って勝手だな、と思った。違和感を感じるって、自分の基準があるから感じるんだよね。この基準って、プラスに働くこともあればマイナスに働くこともある。プラスに働けば全ては好転していくしマイナスに働けば全ては悪化していく。今日の私は自分の感情が悪化していったのでよくない(笑)
あーやっと、冷静になってきた気がする(笑)私は感情で生きている人間だから冷静になって考えないと、周りが見えてこない。気が付いたら自分軸で考えてしまっている。いかんね。。。っと、そんな気付きも得られたので今日はこの辺で終わりにしよう。ここまでお付き合いしてくださりありがとうございました!!!ではまた☆
