私は2007年に、フィリピン・ブラカン州の妻の実家近くの国道沿いでインターネットカフェをやっていたことがあります。

過去形ですから、今はもうありません。

私がフィリピンでした最大の失敗がこの、ネットカフェ経営でした。
目の付け所は悪くなかったと思います。

マニラと違い、当時は、自宅でネットができる人も今よりずっと少ないし、1時間P20で、よくお客さんが来ていました。

店の工事や設備の購入なども私が常にうるさく口出しして、格安で開店にこぎつけたのでした。

フィリピン人の奥さんをお持ちの方には、よくわかると思いますが、ファミリーでビジネスに参加してくる傾向がものすごく強い国ですから、もう、開業前から様子を見に、ひっきりなしに親戚たちがやってきました。

妻はものすごくうれしそうで、フィリピンでネットカフェのオーナーになるって言うのはやっぱり実家のサリサリストアと違って、なんかいまどきの仕事って言うか、日本からフィリピンに戻ってきて、稼いだ金でネットカフェをやるというイメージはサクセスストーリーだと、周りからうらやましがられていましたね。

なので、身内からのお願いも聞いてやらなきゃいけないみたいな話しになってきます。
私は、極力そういうのはやめにしたくて、お金ないからと断ってたのですが、じゃあ、働かせて欲しいというのには、妻も断れず、私には「スタッフが必要だから、身内じゃないと怖いし。」
と、結局押し切られて、甘い判断で身内が入り込みました。

経理経験が豊富だということで一番に採用した身内の女性は、頭脳明晰とファミリーから秀才扱いされていました。
彼女にお金の管理は任せたいと妻のたってのお勧めで、しぶしぶ承諾しました。

働くにあたって、ひとつだけ、彼女のお願いを聞いてやって欲しいといわれました。
まあ、これからがんばってもらうんだし、できることなら聞かなきゃしょうがないかな?

なんて、私もアホですから、妻に聞いてきてもらいました。
お願いとは「前借り」でした(笑)

ラーメン屋の経験でたくさんのバイトや社員を雇用してきましたが、採用が決まった瞬間に、1秒も働く前に、前借りを申し込まれたのは初めてでした。

私は「だめだ、断って」と妻に言うと、妻は困った顔をしています。
「だって、もう貸したから」(爆)

ここで、妻がいくら怒っても、採用取り消しで宇宙に帰ってもらえばよかったのですが、まだ経験の浅い私は、その判断を誤りました。

そこから、懐が甘い私たち夫婦の性格を見透かされて、彼女の暴走が始まります。

私は毎日売り上げをきちんとつけて、閉店時には売り上げと現金が合ってるか勘定して、合わないときはきちんと報告するように妻から彼女に伝えていました。

妻は生真面目ですから彼女を信用したら、もう盲目的に信用していました。
生真面目というかア○とも言います。

1ヵ月後にすごい請求の電気代が来て驚きました。
売り上げ半月分くらいの金額でした。

24時間営業でがんがんエアコンを寒いくらいつけてPCもフル稼働していたいたのが原因だと思います。
節電をきつく言いつけ、それは改善してきました。

妻は数字には強くないので、いつもパニックになり、銀行に行くのも彼女に徐々に任せるようになりました。
私の知らないところで、少しずつ彼女が重要なことをするようになって来ていました。

お金はいつからか、すべて彼女が管理し、妻は店頭で屋台を始め、儲からないことばかりやって疲れていました。

当初、数ヶ月は、私はお金をもらわなくてもいいから、とにかく、売上金でここで働く皆が生活できて、店の預金が増えて行くことを願う。
自分の食い扶持は自分で別に稼ぐから。

と、言わなくてもいいえらそうな事を言っていました。

そして開店半年後には、通帳まで、その経理が得意な彼女が管理していたようです。
まかせて、という言葉を信じて・・・

私は、マニラでラーメン屋を一緒にやろうという出資者が現れたので、ネットカフェどころではなくなり、そちらのほうに没頭して忙しく動き回っていました。

そしてしばらくしてから、ついに恐ろしい現実を見ることになりました。

ある日、妻に店の家主から電話がありました。
私は、母が手術になるというので急遽帰国していました。

妻はその事実を私にしばらく黙っていました。
電話の内容は、「担当が妻から彼女に替わってから一度も家賃をもらっていない」という信じられない内容です。

さらに、もう3ヶ月も滞納してるから、どうするんだと、彼女に言うと、「預けた保証金は返さなくてもいいから、それを家賃に充ててくれ」といわれたそうです。

妻は驚いて彼女を問い詰めると、「実は売り上げが不振で払えなかったの」と泣いたそうです。
「心配をかけたくないから言えなかった。」 と。

私が聞いたら激怒するので妻は黙っていたのですが、事実が次々に明るみに出ました。

まかされるようになってから、家賃だけではなく、電気代も、電話代も、何にも一度も払っていなかったのです。

驚いて言葉を失いました。
狂気の沙汰です。
横領の極致です
我々が後でどうなろうと平気です。


売り上げは低いといっても、毎日3000ペソ以上はあります。
バイト2名とガードマンに安い給料を渡し、それ以外はすべて自分のポケットに入れていたんです。
妻にも当然1ペソも渡すことなく、その間も堂々と食事などおごってもらいながら・・・

それでも足りないので、近所の金貸しから高利で借りて、日掛けで、毎日集金に来られてレジから払っていたそうです。

それを聞いた私は、即時閉店を決めましたが、売り上げもあるし設備もあるし、結局知人を介して、営業権を含むすべて買い取ってもらいました。

彼女と絶縁すべく私は妻と激しく対立しました。
妻は許してやってくれと泣いています。
この女の子供2人がかわいそうだから、彼女を責めないでというんです。
だんなもいい奴なんです

甘いかもしれませんが、私は自分の脇の甘さに、管理不足に最大の責任があると考え、裁判などしても、この国には正義などないし、借用書欠かせても返済などできないし、しないし、もう絶対彼女を信じないことにだけ自分の心に誓いました。
妻の願い通り、お咎めなしです。

もう数年たちました。
先月、そこの娘が誕生日で妻に懇願されて数年ぶりに自宅に行きました。
その彼女はいないと聞いたからです。

金額にしたら、数十万あるかないかで、いつまでも記憶に残すのもどうかと思い、6月にフィリピンに戻ってきてからは、何度か会って普通に話しています。

この記事を今日書いたのには理由があります。
さっき、妻から相談されたんです。

妻「怒らないで聞いて」
私「なに?」
妻「彼女がお金貸して欲しいだって。」
私「え? うそ? え~~~~?」
妻「怒った?」
私「ハハハハ 笑ってしまいました」
妻「ハハハハ 私も笑っていい?」
私「いいよ。ハハハハ でも、だめだよ ハハハハ」
妻「わかってるよ ハハハハ」

妻はまじめな顔に戻って「貸さない」と言っていました

その彼女はきっと、何も変わっていないのでしょう。
借金のお願いを出来ることがすごいことだと思いますが
なかなか、フィリピンは深いですね。
底なし沼です。

私も打たれ強くなったのか、自分でもよくわかりませんが、腹も立ちません
なんか、この人はきっと、良くない人生が続くんだろうな、と思っただけです。
偉そうには言う資格はないかもしれないけど、もう近寄って欲しくないです。

でも、そこの娘がかわいいから、何とかしないといけないかな、また。
うちの妻のことが好きなんです、その娘はね。
自分の母よりもうちの妻のほうが好きなように思えます、見てたら。

数年前に、その娘がその母である彼女にきつく太ももあたりを殴られてるのを見たことがあって、本当にいやな女だと思ったことを思い出しました。

なかなか、むつかしいですな。
いやな思い出は忘れることがいいことなのかは今もわかりません
繰り返さないためには、振り返り総括するほうがいいんでしょうか?

まあ、どうでもいいわ。 明日は飲み会だ
楽しみです